10月6日からインドネシア・ジャカルタで開催中のアジアパラ競技大会は8日から陸上競技もスタート。全18競技で熱戦が続いている。
陸上競技2日目となった9日、男子T52(車いす)100m決勝で、アジアパラ大会初出場の伊藤竜也(新日本工業)が自己新記録となる18秒06をマークして、金メダルを獲得した。佐藤友祈(WORLD-AC)が持っていたアジア記録も100分の1秒更新する快走だった。
「自己新でアジア記録は、むちゃくちゃ嬉しいです。どこまで自分の走りができるか、ギリギリまで考えていたが、スタート後は何も考えず、ただがむしゃらに走った。それが結果につながりました」
1986年、福井県出身の伊藤は17歳の時、交通事故により頚髄を損傷し、車いす生活となった。以来、スポーツからしばらく離れていたが、2016年、福井県の障がい者スポーツ大会に参加してアテネパラリンピック金メダリストの高田稔浩さんと出会い、勧められたのが陸上競技だった。
最初はマラソンに挑んだが、今年春、身体の特性などを科学的に測定する検査を受けてみると、耐暑能力や最大酸素摂取量、乳酸耐性などの測定値から、「長距離より、短距離向き」という結果が出た。
また、東京パラリンピックでも、伊藤の障害クラスの種目は100m、400m、1500mの3つで、マラソンは実施されないこともあり、短距離挑戦に切り替えたという。「今の時代、ただがむしゃらにやってもダメ。科学的な根拠を提示され、割り切れた」と明かす。
始めてみると、100mという競技自体にも魅力を見出した。距離が長くなると、相手との駆け引きや戦略なども必要となるが、スタートからフィニッシュまで“アクセル全開"で走る100mは、「自分の力が100%試される。やってきたことに自信を持てば、タイムは出る。そこが魅力」
目標を定めた伊藤は、すぐに才能が開花。7月には国内最高峰のジャパンパラ大会で100mを制するなど、主要な大会で常に上位に入るようになる。そうして、今季のベストタイムでは堂々の「アジアランク1位」として臨んだのが今大会だった。
「アジア1位として、金メダルを取らなければというプレッシャーも感じた」というが、苦手なスタートで出遅れても、「後半には伸びる」という自信が支えになった。レースではぐんぐん加速して、2位の選手に0秒32差をつけて先着。「アジアでトップ」を証明してみせた。
勝因の一つに、週2回の筋力トレーニングで鍛えたパワーを挙げた。「他の誰にも負けない、自分が誇れる部分です」
とはいえ、今大会の結果については、「これはまだ序章。満足は全くしていない。世界と戦うには、まだ1秒くらい上げなければならない。それが今後の課題」と辛口な評価も下す。「自分には、まだまだできる」という強い自信があるからこそだ。
アスリートとして、競技の魅力や「車いすでの生活は不便じゃない」といったことも競技を通して伝えていきたいと語る伊藤。
2020年の東京パラリンピックに向け、急成長中の伊藤。今後のさらなる伸びに、目が離せない。
(文・星野恭子、撮影・岡川武和)