男子49kg級で自身の持つ日本記録を1kg更新する139kgで優勝した西崎哲男
1月29日、パラパワーリフター日本一決定戦「第22回全日本パラ・パワーリフティング選手権大会」が東京国際クルーズターミナル(東京都江東区)で開催された。
お台場エリアを大パノラマで見渡せる広々とした会場は、真冬の寒さを忘れるほどの熱気に包まれた。今大会のために作曲されたメインテーマ曲が大音量で流れると、大型ビジョンに出場選手を紹介するビジュアルが映し出され、競技スタート。東京パラリンピック後、初の国内公式戦として行われた今大会ではベテラン勢に加え若手選手たちの活躍も目立ち、9つの日本新記録が誕生した。
女子の部では、61kg級の龍川崇子が自身の持つ日本記録を1kg上回る68kgを挙げ優勝。67kg級の森崎可林は2年ぶりに自己ベストを更新し68kgの日本新記録をマークした。現役大学生、19歳の森崎は東京パラリンピック開会式で聖火ランナーを務め、そこで目にした光景が競技への意欲をかき立てた。「どの選手も輝いていて本当に楽しそうでキラキラしていた。私もこの場に立ちたい。立てるように努力する」森崎は今大会でパラリンピック派遣標準記録の70kgを挙げることを目標に臨んだ。3回目の試技でその70kgに挑戦するも肘が曲がり失敗、新記録を狙う場合にのみ許される4回目の特別試技で再度チャレンジするもバーが曲がり成功とはならず手で顔を覆った。それでも「メンタルも良くて楽しい試合だった」と試合を振り返り、4月に予定されている国内大会や6月のアジア・オセアニア選手権での記録更新を誓った。
また、東京2020大会で日本女子初のパラリンピック出場を果たした79kg級の坂元智香は、1回目で72kg、2回目で(東京パラリンピックでの自身の記録)77kgを成功させ、3回目に記録更新を目指して80kgに挑んだ。ところが、車いすからベンチ台に移る際、床に落ちるハプニングに見舞われ、動揺と予想外の時間を費やしたことで惜しくも失敗に終わった。東京大会から5カ月が経とうとしている今、すでに気持ちは次のパリに向いている。坂元は「パラリンピックに出場して名を残せたことは自信になったが、それが過信にならないようにしなければいけない」と気を引き締める。そのうえで「ていねいだけど力強くてメリハリのついた試技が目標でもあり課題」だと、最後は持ち前の笑顔で大会を終えた。
女子67kgで2年ぶりに自己ベストを更新し、68kgの日本新記録をマークしたの森崎可林
男子の部では、49kg級の西崎哲男が自身の持つ日本記録を1kg更新する139kgで優勝した。2回目で同記録に挑戦するも失敗し硬い表情で退場、そして3回目で見事に成功すると両手を大きく挙げ笑顔がこぼれた。この日、男子ベストリフターに選ばれた西崎は大会を終え、現在の競技への思いを綴った。「一番の目標にしていた東京パラリンピックに出場できなくて、この期間にもう一度自分を見つめ直した。自分の中でまだ強くなれるという自信があったのでパリに向けて気持ちが動いた。記録が1年以上停滞していたが、僕にとってこの1kgは次の成長につながるすごく大きな1kgになったと思う」
今大会には5名の10代リフターが出場し、若さあふれるパフォーマンスで会場を沸かせた。なかでも最年少17歳(高校2年生)、ジュニア65kg級の大宅心季は先月バーレーンで開催されたアジアユースパラ競技大会で金メダルを獲得し今後が楽しみな若手のひとりだ。自身初の国際大会に参加した大宅は「国内では少ない同世代の選手がいて、世界大会で会うためには自分も強くならなければいけない」と刺激を受け、帰国後に目標をもう一度明確にして練習量を増やしたという。その成果は今大会で結果として表れ96kgの挙上に成功、アジアユースパラでマークした日本記録を1カ月あまりでさらに更新してみせた。目標はパワーリフティング界のスーパースター、シアマンド・ラーマン選手。「いつも落ち着いていて正確。なおかつ強い」大宅が目指すのはそんなリフターだ。
競技に加え大会運営においては、今回で4年目となる日本工学院八王子専門学校の学生とのコラボレーション企画により、音楽や映像のみならず、審判体験アプリや視覚的にわかりやすく表現する判定ランプ等の開発も進められている。選手の真剣勝負の場としてだけではなく、「ユニークな空間で魅せる」大会づくりにも積極的に励む。挑み続ける日本のパワーリフティング、今後の大会も必見だ。
<各階級 優勝者> ※速報 ( )内は記録 ※新記録の後ろの()は特別試技の記録
(女子の部)
41kg級 佐竹三和子(50kg)
45kg級 成毛美和(50kg)
50kg級 堂森佳南子(54kg)
55kg級 山本恵理(60kg)
61kg級 龍川崇子(68kg)★日本新記録
67kg級 森崎可林(68kg)★日本新記録
73kg級 水江加奈子(65kg)
79kg級 坂元智香(77kg)
(男子の部)
49kg級 西崎哲男(139kg)★日本新記録
54kg級 市川満典(143kg)★日本新記録(145kg)
59kg級 光瀬智洋(135kg)
65kg級 奥山一輝(150kg)
72kg級 樋口健太郎(172kg)★日本新記録(177kg)
88kg級 田中翔悟(170kg)
97kg級 佐藤芳隆(165kg)★日本新記録(167kg)
107kg級 佐藤和人(170kg)
(ジュニア)
49kg級 中川翔太(50kg)★ジュニア日本新記録
65kg級 大宅心季(96kg)★ジュニア日本新記録
72kg級 井内英人(70kg)★ジュニア日本新記録(75kg)
【パワーリフティング】
下肢に障がいがある選手が行うベンチプレス。障がいの種類や程度に応じたクラス分けはなく、男女各10階級で試合が行われる。各選手3回ずつ試技を行い、持ち上げたバーベルの重量を競う。
選手は全身が乗るようにつくられた特殊なベンチプレス台の上に仰向けの状態となって試技を行う。足で踏ん張るなど下半身の力を使うことはできないため、主に上半身の力だけでバーベルを持ち上げる。審判の合図でラックから外したバーベルを一度、胸まで下ろし、停止させる。そこから腕を伸ばして、バーベルを一気に持ち上げる。この時、左右がバランスよく真っすぐ上がっているかが重要。3秒間、持ち上げた状態をキープし、白い旗が2本以上あがれば「グッドリフト」の合図が出て試技成功となる。入場から試技終了までの一連の流れを2分以内に行わなければならないため、短時間でいかに集中力を高められるかが問われる。
試技中は静まり返っている会場が、「グッドリフト」の合図とともに歓喜の渦に包まれる。緊張した雰囲気から一気にヒートアップする様子を楽しむことができるのも、パワーリフティングならではの魅力だ。