3月6日、「2022パラ水泳春季記録会 兼 マデイラ2022 WPS世界選手権日本代表選手選考戦」(第2日目)が静岡県立水泳場(静岡市)で行われ、6月にポルトガルで開催される世界選手権出場をかけた十人十色の力強い泳ぎが披露された。
東京マラソンに北京冬季パラリンピック…、日本と世界の各地でアスリートが熱戦を繰り広げたこの日、静岡では日本パラスイマーたちが存在感を示した。
記録会2日目、前日の50メートル自由形に続き100メートル自由形で派遣標準をきり、世界選手権日本代表に決定したのはS13クラス(視覚障がい)の辻内彩野(三菱商事)。
昨年末から肩に不調を感じ、記録会前の2カ月間は強度を落としてテクニカル重視の練習をしていたというが、「不安よりもレースをしたいという気持ちの方が大きかった」と話す。
東京パラリンピック後からは「入水した時に当たり負けしないようなスタート」を習得するためフォームの改善に取り組んでいる。
2019年の世界選手権では、100メートル平泳ぎで銅メダルを獲得した辻内。
「世界選手権までの3カ月でスタートをしっかり安定させ、自分の得意種目である自由形でひとつでもメダルを獲れるようにがんばりたい」と目標を語った。
東京パラリンピックでは5種目でメダルを獲得した鈴木孝幸
東京パラリンピック水泳日本代表主将を務めたS4クラス(運動機能障がい)の鈴木孝幸(GOLDWIN)は、パラリンピック新記録で金メダルを獲得した100メートル自由形にエントリー。
日本パラ水泳連盟が定めた選考基準により、今回の選考戦に出場したことで世界選手権への切符は手にしていたが、前日の50メートル自由形同様派遣記録をきり、ベテランの貫禄漂う泳ぎを見せた。
「まだ気持ちはパリ(パラリンピック)に持っていけていない」と現在の心境を語った鈴木。
100メートルに関しては「感覚とスピードが合っていない感じがあった」とレースを振り返ったが、「世界選手権に出るからには表彰台に上れるようにしたい」と活躍を誓った。
今記録会では3種目で日本記録が更新され、新記録を知らせるアナウンスが会場に流れると拍手で仲間の健闘をたたえた。
その拍手の中心にいた選手のひとりが、S13クラス(視覚障がい)の齋藤元希(国士舘大学PST)だ。400メートル自由形に並々ならぬ意欲を注ぎこの記録会に臨んだ齋藤は、自身が持つ日本記録を2年7カ月ぶりに塗りかえ、併せて世界選手権派遣記録も突破した。
現時点では世界選手権の参加資格(競技クラス)を満たしていないことから、日本代表決定は「保留」とされたが、レース後には東京パラリンピック出場によって強くなった競技への思いを口にした。
自身初のパラリンピック出場となった東京2020大会。
鈴木孝幸、木村敬一、富田宇宙といった日本水泳界の先輩たちが表彰台に立つのをスタンド席で見守った。
「僕もあの表彰台にのりたい」
どうしてもメダルが欲しい、という強い思いにかられた。
同部屋だった富田にメダルを見せてもらったといい、「自分で獲って首にかけよう」と心に決めた。
心に灯ったその火は勢いを増していった。
齋藤はいまの心の状態をこう表現する。
「マッチの火だったのが、ガスバーナーになった」
パラ水泳に転向する前、高校時代までメインにしていたのは400メートルと1500メートルの中距離。
世界選手権の派遣標準記録突破が狙える400メートルに焦点をしぼり、東京パラリンピック後から半年間、パラ水泳に転向してからは“封印"していたメイン種目に集中した。
気持ちははっきりとパリに向いている。
「(世界選手権に出場できれば)複数の種目にエントリーして自分のやれることを精一杯やって、パリ大会に向け可能性を広げられる大会にしたい」熱い思いで会場をあとにした。
当選考会での記録を受け、6月に開催されるマデイラ2022 WPS世界選手権日本代表選手15名(男子7名、女子8名 ※保留選手2名を除く)が決定した。
自分を超える戦い、そして世界に挑むトビウオパラジャパンの活躍に期待だ。
【マデイラ2022 WPS世界選手権 日本代表】
木村敬一(東京ガス)S11
鈴木孝幸(GOLDWIN)S4
富田宇宙(日体大大学院)S11
日向 楓(宮前ドルフィン)S5
南井 瑛翔(近畿大学)S10
山口 尚秀(四国ガス)S14
蓮野 巧人(新潟水泳協会)S14
由井 真緒里(上武大学)S5
小野 智華子(あいおいニッセイ)S11
宇津木 美都 (大阪体育大学)S8
辻内 彩野(三菱商事)S13
福田 果音(アクアダッシュ)S8
芹澤美希香(宮前ドルフィン)S14
福井 香澄(滋賀友泳会)S14
井上 舞美(イトマン大津)S14
【保留】
齋藤 元希(国士舘大学 PST)
松田 天空 (GAGANI)
【日本新記録】
茨 隆太郎(JDSA:聴覚障害) 50メートルバタフライ(JDSA) 記録:00:25.41
齋藤 元希(国士舘大学 PST) 400メートル自由形(S13) 記録:04:25.10
佐藤 博輝(個人(東京都)) 50メートル背泳ぎ(S3) 記録:01:13.08
南井 瑛翔(近畿大学) 200メートル個人メドレー(SM10) 記録:02:25.50
(文・張理恵、撮影・湯谷夏子)
【水泳】
大きく分けて「肢体不自由」「視覚障がい」「知的障がい」のカテゴリーがあり、それぞれ障がいの程度に応じてクラスが分かれてタイムを競う。
使用するプールやスタート台、泳法(自由形、背泳ぎ、平泳ぎ、バタフライ)は、一般の水泳と同じ。ただし、障がいを考慮して、一部ルールを変更して行われている。たとえば、視覚障がいのクラスでは、ターンやゴールの際にプールの壁に衝突しないように、コーチが「タッピングバー」と呼ばれる棒で選手の体をタッチして合図をする「タッピング」が行われる。また、両腕が欠損しているなど、障がいによってスタート時に体勢が不安定な場合は、コーチなどによって体を支えられることが認められている。
選手はそれぞれ自分自身の体の状態にあった泳ぎ方を開発し、さまざまな工夫が凝らされている。たとえば、視覚障がいの選手は、日常の練習で方向をつかむ感覚を養うとともに、レーンロープを頼りにして、少しでもロスを少なくしようと努めている。