9月18日、「第35回全日本パラスポーツライフル射撃競技選手権大会」が静岡県瀬戸谷室内競技場「スポーツ・パル高根の郷」(静岡県藤枝市)で開幕し、大会1日目の18日には10メートルの各種目が行われた。
時折、激しい雨が降りしきるなか、競技開始の合図を待つ射手たちは呼吸を整え集中力を高める。「スタート」の声がかかると、射場は静かな熱気に包まれた。
午前中に行われた10mエアライフル立射60発(男子)SH1は望月貴裕(中部電力ミライズ株式会社)、10mエアライフル立射60発(混合)SH2では木下裕季子(オフィス木下)が、前回大会に続き優勝を果たした。望月と木下はともに、11月にアラブ首長国連邦で開催される世界選手権に出場する。望月は「より安定した射撃姿勢で撃つ」ことに取り組んでいるといい、「世界選手権で入賞できなければパラリンピックへの道はない。厳しい道のりではあるが、日々の練習を積み重ねて水準点を上げていきたい」と意気込みを語った。
また、10mエアピストル60発(男子)SH1は齋藤康弘(神奈川県庁)、10mエアピストル60発(女子)SH1は武樋いづみ(高知県)が制した。
午後に行われたエアライフル伏射種目では、見応えある試合が展開された。60発を制限時間内に撃つ「本選」に続いて行われた「ファイナル」。まず、「2分30秒以内に5発の射撃」を2回行い、その後は2発ごとに下位の選手から順位が確定する。
SH1クラスには東京パラリンピック日本代表の佐々木大輔(モルガン・スタンレー・グループ株式会社)と渡邊裕介(渡辺石灰株式会社)を含む6名がエントリー。最初のシリーズから10点台後半を連発する佐々木に続くは、世界選手権代表の切符をつかんだ岡田和也(サイネオス)。一方、この1年はより高いパフォーマンスを出すため射撃姿勢の見直しを図ったという渡邊は「競技中に葛藤していた」として、苦しいスタートとなった。
前回大会で同種目を制した片山友子(株式会社ベリサーブ)も苦戦を強いられる中、順位が決定するまでの24発すべてで10点台をマークした佐々木が貫禄の優勝。「(ファイナルでは)自分のポジションに持っていけた」と勝因を語った。しかし、本選では思い通りにいかず肩を落としていたと明かした佐々木。ファイナル開始直前の試射でも「何か違う」と感じ、ポジションを動かして、一発も撃つことなくスタートの時を迎えた。
「緊張で指も震えて不安だったが、ポジションがよかった。ぴったりとハマって自分のフォームで撃てた」
その感覚はコロナ禍前の2020年に日本記録を出した時と似た感覚だったといい、優勝を祝う観客たちの拍手に手を振り応えた。
10mエアライフル伏射(SH1)を制した佐々木大輔
SH2クラスには、東京パラリンピック日本代表の水田光夏(株式会社白寿生科学研究所)を含む7名が出場した。ファイナルの第1シリーズ、水田を上回る好スタートを切ったのは瀬賀亜希子(埼玉県身体障害者ライフル射撃連盟)。瀬賀はアテネ、ロンドン、リオのパラリンピック3大会に出場しアテネ大会では8 位入賞を果たしたレジェンドだ。デッドヒートを繰り広げる水田と瀬賀が観客の視線を奪う。
ところが、そこで思わぬ展開が待ち受けていた。2分30秒の制限時間内に瀬賀は4発しか打てないという“アクシデント"に見舞われた。状況をすぐには理解できなかった会場がざわつく。それでも動揺しないのが瀬賀の強さだ。第2シリーズでは5発中3発で、的のど真ん中に当てる10.9の「満点」を出し、観客の驚きはため息へと変わった。
「1発」の損失が響いたものの、その後はすべて10点台に乗せた瀬賀は5位でフィニッシュ。優勝は、前回大会に続き水田が勝ち取った。「瀬賀選手とファイナルを戦えるのを楽しみにしていたので、(思わぬアクシデントに)びっくりしたが、すぐに切り替えられた」と水田。順位よりも自己ベストを更新しようと臨んだ試合だったが、思うようなパフォーマンスができなかったと、優勝の喜びではなく悔しさをにじませた。
水田は今年6月にフランスで開催されたワールドカップで、本選の上位8名のみが進めるファイナルに初めて出場した。一発ごとに観客が沸くファイナルの雰囲気が楽しかったと語り、「これからはファイナルに出ることまで目標にしなければいけないし、そうなっていきたいと思えた大会」だったと振り返る。そして、8月に韓国で行われたワールドカップでもファイナル出場を果たしたことで、「遠い存在」だったファイナルのステージに現実味を感じることになった。
「(海外の大会への)調整がうまくいくようになった」ことを好調の要因として挙げる水田は、11月には世界選手権に出場する。「目標はダイレクトスロット(パラリンピックの自力獲得枠)を取ること」
2年後のパリパラリンピックに向けて、進化していく水田に今後も注目だ。
自身の内面にまで向き合いコントロールする競技の奥深さ、そして、エンタテインメント性あふれる展開が観る者を飽きさせない全日本選手権。
大会2日目の19日には50メートル種目と、ビームライフル/ビームピストルの各種目が行われる。
<各種目優勝者>
10mエアライフル立射60発(男子)SH1 望月貴裕(中部電力ミライズ株式会社)
10mエアライフル立射60発(混合)SH2 木下裕季子(オフィス木下)
10mエアライフル伏射60発(混合)SH1 佐々木大輔(モルガン・スタンレー)
10mエアライフル伏射60発(混合)SH2 水田光夏(株式会社白寿生科学研究所)
10mエアピストル60発(男子)SH1 齋藤康弘(神奈川県庁)
10mエアピストル60発(女子)SH1 武樋いづみ(高知県)
【射撃】
制限時間内に規定の弾数を撃ち抜き、その合計得点を競う競技。「ライフル」と「ピストル」があり、それぞれ障がいの種類や程度、撃つ姿勢によってクラスが分かれている。
的の中心から離れるほど得点は低くなるが、例えばエアライフルは標的までの距離が10m。その距離でパラリンピックに出場するようなトップクラスの選手は、5円玉の穴ほどしかない0.5mmの大きさの「10点台」を撃ち抜くのは当然の世界。さらに中心からわずかなズレによって「10.0」から「10.9」まで細かく刻まれるため、コンマの差で勝敗が分かれる。
寸分の狂いなく撃ち抜くには、高い集中力が必要で、自分自身の呼吸のリズムや心臓の鼓動までもコントロールする必要がある。しかし、時間制限内に60発を撃たなければいけないため、一発にかける時間は意外にも少ない。次々と撃ち込んでいかなければならず、シューティングフォームを体にしみこませ、いかに短い時間に集中力を高められるかが重要となる。