注目のライバル対決はロングで勝負した廣瀬(左)が制し、通算10度目の優勝を飾った
1月21日と22日の両日、「TOYOTA presents 第24回日本ボッチャ選手権大会」が愛知のスカイホール豊田で行われた。ともに注目の廣瀬隆喜(西尾レントオール)と杉村英孝(静岡ボッチャ協会)が決勝で相まみえたBC2は廣瀬が制して、10度目の栄冠。
若き力も躍動した。BC3女子では16歳の一戸彩音(ポルテ多摩)が初出場初優勝の快挙を遂げ、BC4男子では昨年の世界選手権で金メダルの20歳・内田峻介(大阪体育大 アタプテッド・スポーツ部 APES)が連覇を果たした。
ロングで勝負しようと決めていた
その瞬間、廣瀬の雄叫びがスカイホール豊田の高い天井にこだました。東京パラリンピックのメダリスト対決となった「男子BC2」の決勝。団体戦銅メダルの廣瀬は、個人金メダリストの杉村を4-2で破り、通算10回目の優勝を飾った。
廣瀬にとって杉村は、日本代表「火の玉ジャパン」の仲間でもあり、長年切磋琢磨をしている良きライバル。日本選手権の決勝で相まみえるのは、今回で7大会連続だ。互いに手の内は知り尽くしている。どうすれば勝てるのか…廣瀬は決勝直前まで策を練っていたという。
「かなり考えましたが、入場の時にはロングで勝負しようと、決めていました。得点を多く取るにはロングだと」
第1エンドでは1ポイントを先行されたが、戦術にぶれはなかった。第2エンドでは的球を10メートル先のエンドライン付近に投じる。すると持ち球をここにピタリと寄せて逆転。第4エンドでも自信を持って投げたロングが決まった。
前日の予選リーグでは6失点。調子が良くないようにも映ったが、実際は「いろいろなことを試していた」。その言葉通り、決勝トーナメントに入ると、準決勝ではきっちり無失点(7対0)に。負けられない大一番に向けて気持ちを高めていった。
栄冠の裏にはベテランらしい調整も。昨年の終盤から大会が続いている。11月にバーレーンで大会(アジアユースパラ競技大会)があり、12月にはブラジルのリオデジャネイロで開催された世界選手権に出場。廣瀬は見事に銀メダルを獲得したが、年が明けるとすぐに日本選手権が待っていた。
「大事にしたのは休息です。大会と大会の間は、休息を上手くとるように心がけ、その間に車椅子の位置や体の向きの見直しもしました」
ライバルの存在をあらためて実感
ライバルを倒しての10回目の日本一。ただ、「優勝回数については気にしていません。出場した大会では常に、上を目指してやっているので」と、そこに特別な思いはないようだ。まだまだ挑戦は続く。見据えているのは、来年のパリパラリンピックだ。出場が決まれば、自身5度目となる。
「世界選手権での銀メダルは自信になりました。これからも国際大会で実績を残し、世界ランキングを上げていきたい」
百戦錬磨の廣瀬は静かにそう誓った。
試合後、悔しさをのぞかせていたのが杉村だ。「純粋にボッチャを楽しむことはできましたが、パフォーマンスとしては2位に終わって残念です。調子を決勝に合わせられなかった」。
予選リーグでは、第1試合が12-0、第2試合が15-0、そして第3試合が12-0と全く危なげなかった。決勝トーナメントでも、準決勝では6-3とやや苦戦も、勝負どころでは持ち味である精度が高いショットが決まっていた。だが決勝では、杉村にしては珍しく、3球も失投する場面が見られたり、第3エンドでは加点のチャンスを生かせず、主導権を握れなかった。
廣瀬がライバルであることをあらためて認識した試合でもあった。「彼は上手いです。そういう存在がいるのはありがたいことですし、だからこそ、負けられないです」。
もちろん、東京パラ金メダリストはこの敗戦を糧にする。
「今年はパリに向けての大事な1年になります。長い距離への対応など、課題も浮き彫りになったので、敗因を整理しながら、目の前の大会に集中していきます」
初出場初優勝と連覇の裏側にあったもの
廣瀬と杉村というボッチャの「顔」が存在感を見せた一方で、若い力も会場を沸かせた。
「BC3女子」では、高校2年生の一戸が、初出場初優勝の快挙。「優勝できるとは思わなかった」と控えめに話していたが、予選リーグでは総得点が22に対し、総失点はわずか1。決勝トーナメントも、準決勝が5対1、決勝が7対2と相手に流れを渡さなかった。
初出場でも緊張感に負けずに自分のプレーができたのは、「11月の国際大会(アジアユースパラ競技大会)に出場できた経験が大きかったです」。
小平特別支援学校に通っている一戸は、昨年の「第7回全国ボッチャ選抜甲子園」に出場。小平プレミアムズの一員として3位になっている。練習は土日が中心で、週に2回。1日、6時間から8時間とみっちりボッチャと向き合っている。
一戸は16歳の高校2年生。世界大会出場を大きな経験に初出場初優勝の快挙を遂げた
「BC4男子」では、大阪体育大学の20歳の学生・内田が大会連覇を果たした。決勝では第2エンド、4連続で自分のボールを正確に的球に寄せて一挙6点。その後も試合をリードし、8対1で会心の勝利を収めた。
プレッシャーを抱えながらの優勝だった。12月の世界選手権では個人で頂点に立った。それだけに「全員から標的にされるとわかっていたが、日本で負けるわけにはいかなかった」
内田がボッチャを始めたのは中学2年の冬。その後、J-STARプロジェクト(若いアスリートや障がい者の夢を応援し、世界で輝く未来のトップアスリートを発掘するプロジェクト)の1期生に。「J-STARプロジェクトに参加したことで戦術の幅が広がりました」と話す。
最大の武器はパワー。これは健常者と一緒に練習ができる環境の賜物でもある。日頃から健常者に対抗することで、自分の展開に持っていくパワーが培われたという。
なお、その他のクラスは、「BC1」は中村拓海(大阪発達総合療育センター)が、「BC1女子」は遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)が、「BC2女子」は伊藤彩水(静岡ボッチャ協会)が、「BC3男子」は高橋和樹(フォーバル)が、そして「BC4女子」は岩井まゆみ(あいちボッチャ協会)が優勝を果たした。
内田は世界選手権金メダルの重圧を感じながらも、最大の武器であるパワーを発揮した
(文:上原伸一)
【優勝者一覧】
BC1男子 中村拓海(大阪発達総合療育センター)
BC2男子 廣瀬隆喜(西尾レントオール株式会社)
BC3男子 高橋和樹(株式会社フォーバル)
BC4男子 内田峻介(大阪体育大学アダプテッド・スポーツ部 APES)
BC1女子 遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)
BC2女子 伊藤彩水(静岡ボッチャ協会)
BC3女子 一戸彩音(ポルテ多摩)
BC4女子 岩井まゆみ(あいちボッチャ協会)
【ボッチャ】
四肢麻痺など、障がいの重い選手が行うスポーツとして考案されたパラリンピック独自の競技。障がいの程度によってBC1、BC2、BC3、BC4にクラスが分かれて試合が行われる。12.5m×6mの大きさのコートを使用し、「ジャックボール」と呼ばれる白色の目標球に、どれだけボールを近づけられるかを競う。1エンド6球ずつ投げることができ、個人戦とペア戦は4エンド、1チーム3人で構成された団体戦は6エンドの合計点で勝敗が決まる。
障がいが重いクラスでは、自分自身でボールを投げたり転がしたりすることができない場合、補助具の使用が認められている。滑り台のような形をした「ランプ」を使用したり、頭の動きでボールを押し出したり引っかけて動かすことのできる「ヘッドポインタ」などを使用して投球する。また、アシスタントに補助具の角度や方向を調整してもらることも認められている。ただし、アシスタントが自由に動いたり、選手に話しかけることは禁止。コートを振り返ることもできないため、選手自身の実力が問われる。パラリンピックに出場するようなトップクラスの選手の技術は高く、ボールの勢いを利用して相手のボールをはじいたり、ボールの上に乗せたりすることも。自由自在にボールを操る選手のテクニックが見どころ。