熱いデッドヒートを繰り広げる和田伸也(左)と唐澤剣也(右)
6月10日、「World Para Athletics公認 2023ジャパンパラ陸上競技大会」が、岐阜メモリアルセンター長良川競技場(岐阜県岐阜市)で開幕した。
体力が奪われるような蒸し暑い天候のなか行われた、大会1日目の競技。
4月末に開催された「第34回日本パラ陸上競技選手権大会」の記録と記憶を塗り替えるようなパフォーマンスが会場を沸かせた。そして、4位以内の入賞で来年のパリパリンピックの出場枠を獲得することができる「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」(7月8日~17日、フランス・パリ)に向けて、貴重な実戦の場となった。
トラック競技の男子1500メートルT11(視覚障がい)では、和田伸也(長瀬産業)と唐澤剣也(SUBARU)がゴールまで競り合うデッドヒートを繰り広げ、「練習した通り、うまくラストスパートをかけられた」という和田が、4分08秒69のタイムで自身の持つ大会記録を更新した。トレーニングで順調な走りができていると話す和田は世界選手権に向け、「ここまで来たらトップを取りたい」と自信をのぞかせた。
一方、0秒84差で敗れた唐澤は、「こういう展開になるのは分かっていたので気持ちに余裕はあったが、和田選手が一枚うわてだった」と淡々とした口調の中に悔しさをにじませた。そして、「徐々にタイムが上がっている。練習もしっかりこなして順調に仕上がってきている」と、来たる決戦を前に好調さをアピールした。
男子100メートル(T45, 46, 47)でライバル対決を制した石田駆(左)
男子100メートルのT45, 46, 47(上肢障がい)クラスでは、石田駆(トヨタ自動車)が11秒19の大会新記録で、日本選手権に続き、三本木優也(京都教育大学)との“ライバル対決"を制した。
勝負に勝ったものの、今シーズンの目標である10秒8台、あるいは7台の記録には届かなかった石田は、「地元の競技場でかっこいいところを見せたかったが、情けない結果に終わって悔しい」とレースを振り返り、世界選手権までの残り1カ月、パリの舞台で世界と戦うことをイメージしながら調整して本番に臨みたい、と気を引き締めた。11秒34でゴールした三本木は、「だんだん自分のレースができるようになってきた。パリに向けてしっかり確認できた」と、この日の走りを冷静に語った。日本選手権で石田に敗れ、大粒の涙を流した三本木だったが、「あの悔しさを忘れた日はない。ただ、そこでくじけたわけではない。もっとやらなければいけないというプラスのモチベーションに変わった」という。今大会までの期間は、もう一度基本に立ち戻り、時間をかけて基礎をしっかり固めたと話す。「ここからは世界と戦うために、勝ちにこだわっていきたい」。覚悟に満ちた表情で、さらなる成長を誓った。
100メートル(T34)と400メートル(T34)で2冠を達成した小野寺萌恵
車いす種目では、期待の新星・女子T34(脳性まひ)の小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸上)が、100メートル(19秒44)と400メートル(1分08秒09)で2冠に輝き、世界選手権に向け弾みをつけた。また、5月に出場した「Nottwil 2023 WPA Grand Prix」(スイス)で日本新記録(100メートル)をマークした、女子T54クラスの村岡桃佳(トヨタ自動車)は、海外遠征の疲労が残るなかでも、100メートル(16秒83)と400メートル(58秒54)で好タイムを出し優勝を果たした。村岡と同じクラスには、夏冬合わせてパラリンピック8大会に出場したレジェンド、土田和歌子(ウィルレイズ)が出場し大会に華を添えた。東京パラリンピックには車いすマラソンとトライアスロンの二刀流で出場した土田。東京2020大会後はマラソンをメインとしており、スプリントの強化のためトラック種目にも臨んでいる。競技レベル、そしてスピードが異次元に上がってく世界と戦うため、自分に足りないピースを一つひとつ埋める作業に取り組むレジェンドは、「上があれば上を目指していく」と留まることを知らない向上心を見せつけた。
フィールド競技の男子やり投げでは、今年4月に60メートル超えの投てきで自身の殻を打ち破ったF12(視覚障がい)の若生裕太(電通デジタル)が、1投目で59メートル56をマーク。その後も50メートル台後半を揃え、調子の良さをうかがわせた。F46(上肢障がい)のクラスでは、高橋峻也(トヨタ自動車)が58メートル04で優勝し、山崎晃裕(順天堂大学職員)に敗れた日本選手権のリベンジを果たした。競技中に、はっぱをかけ合うという高橋と山崎のライバル関係は、お互いにとって刺激になっている。ふたりは大会以外の期間にも情報共有をしているといい、「アイツには負けない」とライバル心を燃やす一方で、「1人ではなく2人で戦う」心強さもあり、高橋は山崎を「良き兄貴のような存在」だと語る。東京パラリンピック出場を逃した悔しさをバネに地道な努力を積み重ねてきた高橋は、“兄貴"とともにパリへの切符を手にするため世界に挑む。
シーズンベストの1メートル90の跳躍を見せた鈴木徹
男子走り高跳びでは、T64(義足・機能障がい)の鈴木徹(SMBC日興証券)が1メートル90の跳躍で今季ベストをマークした。棒高跳びの選手が、競技中に柔らかい棒から硬い棒に持ち替えるように、この日の試技では、「硬い義足で前半のジャンプを行い、後半はやわらかい義足に替えた」と、新たな試みに臨んだ鈴木。「硬い義足の方が跳ね返りがいいので、踏み切る足の出力が弱くても助力を与えてくれる」と話す。それと同時に、「(硬さの違う義足を使うのは)難しいが、そういう狭いところで勝負していくしかない」と、この競技の厳しさを語る。けれども鈴木は、体の一部である道具をどう使いこなすかというパラスポーツ特有の課題を、むしろ楽しんでいるようにも見える。義足のハイジャンパーという「僕にしかできない」ことの価値を追求し続ける。
さらに、日本代表強化指定選手の跳躍ブロック・コーチも務める鈴木は、就任以来、取り組んできた「チーム感」を活かした強化が実を結び始めていると話す。大会2日目の6月11日には、走り幅跳びの義足種目が行われる。「鈴木コーチ」が口にした取り組みがどう体現されていくのか。自己ベストに挑む戦いに注目だ。
(文・張 理恵、撮影・中島功仁郎/村上智彦)
【記録一覧】
●アジア新記録
女子T61 100m 18秒01 湯口英理菜(アシックス)
女子T34 400m 1分08秒09 小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸上)
男子T37 1500m 4分21秒69 井草貴文(ACKITA)
●日本新記録
女子T62 100m 17秒53 福田陽彩(都立大泉中)
男子T36 100m 12秒13 松本武尊(ACKITA)
男子T47 400m 50秒03 鈴木雄大(JAL)
女子T11 1500m 5分30秒41 井内菜津美(みずほFG)
男子T38 1500m 4分47秒50 猪熊勇之介(兵庫パラ陸協)
男子F20 円盤投 33m38 羽澄至依真(ID愛知)
●大会新記録
女子T34 100m 19秒44 小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸上)
女子T54 100m 16秒83 村岡桃佳(トヨタ自動車)
男子T54 100m 14秒19 生馬知季(WORLD-AC)
男子T70 100m 10秒77 佐々木琢磨(仙台大TC)
男子T37 100m 12秒44 松田將太郎(長岡AC)
男子T45 100m 11秒34 三本木優也(京都教育大学)
男子T46 100m 11秒19 石田駆(トヨタ自動車)
男子T36 400m 56秒39 松本武尊(ACKITA)
男子T62 400m 1分01秒47 森宏明(ACKITA)
女子T34 400m 1分14秒03 吉田彩乃(関東パラ陸協)
女子T34 400m 1分12秒61 北浦春香(インテージ)
男子T54 400m 47秒65 生馬知季(WORLD-AC)
男子T11 1500m 4分08秒69 和田伸也(長瀬産業)
男子T11 1500m 4分09秒53 唐澤剣也(SUBARU)
男子T36 1500m 5分24秒50 田村直幸(SRC)
男子T12 走幅跳 6m89 石山大輝(順天堂大)
男子F42 円盤投 21m35 鈴木貴之(横手パラ)
男子F37 円盤投 49m26 新保大和(asics)
男子F34 砲丸投 6m07 鈴木雅浩(北海道・東北陸協)
男子F12 やり投 59m56 若生裕太(電通デジタル)
男子F41 やり投 32m41 山手勇一(日体大)
【陸上】
一般の陸上競技と同じく、「短距離走」「中距離走」「長距離走」「跳躍」「投てき」「マラソン」と多岐にわたった種目が行われる。
障がいの種類や程度に応じて男女別にクラスが分かれ、タイムや高さ、距離を競う。選手たちは、「義足」「義手」「レーサー」(競技用車いす)など、それぞれの障がいに合った用具を付けて、パフォーマンスを磨いている。
用具の進化によって、選手のパフォーマンスが上がっていることは事実だが、決して用具頼りの記録ではない。用具を使えば技術が上がるわけではなく、選手には使いこなすだけの身体能力、筋力、バランスなどが必須となる。
視覚障がいのクラスでは、選手に伴走する「ガイドランナー」や、跳躍の際に声や拍手で方向やタイミングなどを伝える「コーラー」などといったサポーターの存在も重要となる。選手とサポーターとの信頼なくしては成り立たず、息の合ったやりとりはふだんの練習の賜物でもある。
クラスによっては、オリンピックにも劣らないレベルの記録が出るなど、時代とともにレベルが高くなっており、毎大会トップ選手の記録更新が注目されている。多種多様な障がいの選手が一堂に会し、さまざまな工夫を凝らし、自分自身の限界に挑む姿が見られるのが、この競技の魅力でもある。