男子100メートル(T13)でアジア新記録を樹立した川上秀太
6月11日、「World Para Athletics公認 2023ジャパンパラ陸上競技大会」2日目の競技が、岐阜メモリアルセンター長良川競技場(岐阜県岐阜市)で行われた。
どんよりした空から雨が降り続くなか、トラック競技で、ひときわ激しいバトルを繰り広げたのは、男子T13(視覚障がい)クラスの川上秀太(アスピカ)と福永凌太(中京大クラブ)だ。両者ともに「日本代表」として、7月に開催される「パリ2023世界パラ陸上競技選手権大会」(以下、世界選手権)に出場する。午前中に行われた100メートルでは、同種目を得意とする川上が、福永を0秒13上回る10秒99のアジア新記録で優勝した。「後半での粘り」、「後半からの伸び」を持ち味とする川上は、世界選手権でこの種目にエントリーする。「持ちタイムで言えば自分は世界で2番。(パリパラリンピックの出場枠が獲得できる)4位以内を獲ることを最低ラインとして、ドバイの大会で同着した、持ちタイム1位のアルジェリアの選手に勝ち切って優勝を狙いたい」。自身初の出場となる世界選手権への意気込みを力強く語った。
男子200メートル(T13)で力走を見せた福永凌太
再びの直接対決となった午後の200メートルは、福永が22秒00のアジア新記録の走りで制した。トラックでは400メートルをメインとする福永は、(パラ陸上の大会としては)これが200メートルの初レース。0秒26差でゴールした川上は「ついに負けた!」と悔しさをあらわにしたが、一方の福永にも笑顔はなかった。「21秒台は出るだろう」と臨んだレースだっただけに、福永は自分の走りに納得のいかない表情を浮かべた。100メートル、400メートル、そして走り幅跳びで派遣標準記録をきり、日本代表として世界選手権に初出場する福永。本番では「世界記録に距離が近い」400メートルと走り幅跳びで世界に挑む。「パラ陸上、パラスポーツの世界に入って3年が経たないくらい。東京パラリンピックに出場できるかもしれないと言われていたが、それが叶わず、昨年は『アジア大会に出たら優勝できる』と言われていたが、大会が延期された。そんな中でずっとやってきて、やっと今回、自分の名前や姿が表にでるような大会に出場することができる。パラスポーツ界はもちろん、陸上界、スポーツ界以外でも僕の姿がどんどん出るような活躍がしたい。せっかくここまで待たされたのだから、世界の表舞台に出るからには派手に盛り上げていきたい」自らの存在を世界にアピールするつもりだ。
フィールド競技では、女子・砲丸投げF46(上肢障がい)の世界記録保持者、齋藤由希子(SMBC日興証券)が6回目で11メートル13を投げ、試技を終えた。雨のコンディションにより足場が滑ったため、本来の60パーセントくらいのパフォーマンスでスタートし、後半は一気に押し切ることを意識したという齋藤。来月の世界選手権を見据え「雨の中で試合ができたのはプラスになった」とポジティブにとらえる。学生時代から専門としてきた砲丸投げが、パラリンピックではパリ2024大会で初めて、齋藤のF46クラスでも採用されることとなった。昨年には出産を経験し体重はかなり落ちたが、現在の状態は「順調」だと話す。自己ベストは12メートル96。将来的には13メートルも視野に入れつつも、「今回の世界選手権では4番以内というところにこだわる」と齋藤。「国際大会に出場するのが4年ぶりなので海外という環境で緊張はあるが、試合が始まってしまえば他の選手よりは経験値はある。勝負できると思う」力強い言葉で堂々と語った。
世界選手権に向け気合十分の女子走り幅跳び(T64)中西麻耶
走り幅跳びでは、女子T64(義足・機能障がい)の中西麻耶(阪急交通社)が5メートル11の結果で跳躍を終えた。パリパラリンピックでの引退を表明している中西は、その理由をこう語る。「次があるからという余裕は良いようで悪いと思った。区切りをつけて次の人生を歩んでいく。その代わりに、本気度を高めて、届きそうで届かない世界記録やパラリンピックでの金メダルをしっかり見つめながら過ごしていきたい」。しかし今、中西は暗いトンネルの中にいる。コーチ不在という状況が続いており、「ひとりでの練習が長くなると、感覚とパフォーマンスのズレが生じた時に、何が正解なのか分からずに考えを繰り返して迷子になってしまう」と、苦しい胸の内を明かす。前回の世界選手権(2019年、ドバイ)女王として臨む来月の世界選手権。「たとえ輝けなくても、がむしゃらに努力している姿を見せたい。何かに挑戦しようと思っている人が一歩踏み出すきっかけになってくれたら」。自分と向き合い、胸を張って世界の舞台に立つ覚悟だ。
男子走り幅跳び(T63)で軽やかな跳躍を見せた近藤元
男子T63(義足・機能障がい)クラスでは、ベテランの山本篤(新日本住設)が欠場する中、成長株の近藤元(摂南大学)が6メートル16で優勝を果たした。同種目で世界選手権に初出場する近藤。「まずはしっかり決勝に進んで4位以内を目指したい」パリの空の下、憧れていた日本代表のユニフォームを着て、脚には(まだ自身の競技用義足は持っていないため)山本から借りている義足をつけ、1センチでも遠くに跳ぶ。
それぞれのアプローチ、それぞれの熱量で臨む世界選手権。その先に、パラリンピックがある。
自信、覚悟、矜持…。ベストを尽くす走り、跳躍、そして投てきが、今後への期待を高めた大会となった。
(文・張 理恵、撮影・中島功仁郎/村上智彦)
【記録一覧】
●アジア新記録
男子T13 100m 10秒99 川上秀太(アスピカ)
女子T11 5000m 20分28秒06 井内菜津美(みずほFG)
男子T13 200m 22秒00 福永凌太(中京大クラブ)
男子T11 800m 2分04秒55 和田伸也(長瀬産業)
●日本新記録
女子T63 200m 36秒78 保田明日美(パナソニック)
男子T20 三段跳 12m74 長田雅人(なぎさSC)
男子T70 三段跳 14m10 中西椋(高知陸協)
女子F34 円盤投 8m07 上部美帆(兵庫パラ陸協)
女子F34 やり投 9m51 上部美帆(兵庫パラ陸協)
●大会新記録
男子T13 100m 11秒12 福永凌太(中京大クラブ)
女子T34 800m 2分22秒17 小野寺萌恵(北海道・東北パラ陸上)
男子T13 200m 22秒26 川上秀太(アスピカ)
男子T47 200m 23秒09 鈴木雄大(JAL)
男子T20 800m 1分56秒17 大川内健太(伊万里特支)
男子T20 800m 1分56秒76 米澤諒(エスプール)
女子T61 走幅跳 3m50 湯口英理菜(アシックス)
男子T38 走幅跳 4m76 有熊宏徳(電通デジタル)
女子F20 砲丸投 10m67 堀玲那(Step Up)
女子F40 砲丸投 3m95 桑田奈緒(いんば学舎)
【陸上】
一般の陸上競技と同じく、「短距離走」「中距離走」「長距離走」「跳躍」「投てき」「マラソン」と多岐にわたった種目が行われる。
障がいの種類や程度に応じて男女別にクラスが分かれ、タイムや高さ、距離を競う。選手たちは、「義足」「義手」「レーサー」(競技用車いす)など、それぞれの障がいに合った用具を付けて、パフォーマンスを磨いている。
用具の進化によって、選手のパフォーマンスが上がっていることは事実だが、決して用具頼りの記録ではない。用具を使えば技術が上がるわけではなく、選手には使いこなすだけの身体能力、筋力、バランスなどが必須となる。
視覚障がいのクラスでは、選手に伴走する「ガイドランナー」や、跳躍の際に声や拍手で方向やタイミングなどを伝える「コーラー」などといったサポーターの存在も重要となる。選手とサポーターとの信頼なくしては成り立たず、息の合ったやりとりはふだんの練習の賜物でもある。
クラスによっては、オリンピックにも劣らないレベルの記録が出るなど、時代とともにレベルが高くなっており、毎大会トップ選手の記録更新が注目されている。多種多様な障がいの選手が一堂に会し、さまざまな工夫を凝らし、自分自身の限界に挑む姿が見られるのが、この競技の魅力でもある。