「絶不調」の中でも八木が手にしたアンチラバー不使用での勝ち方
11月25~26日、HELSPO HUB-3アリーナ(東洋大学赤羽台キャンパス)では「第15回全日本パラ卓球選手権大会」(肢体の部)が開催され、来年のパリパラリンピックを目指すトップ選手を含め、全国から多くのアスリートたちが集結。大会初日の25日にはシングルスが行われ、各クラス別に日本一の座をかけて熱戦が繰り広げられた。
パリを見据えた戦術で優勝した八木
立位の男子クラス7では、約1カ月前の杭州アジアパラ大会で金メダルに輝き、2大会連続でのパラリンピック出場を決めた八木克勝が出場。「これまでで最も調子が悪かった」としながらも、予選リーグを1位通過。決勝トーナメントも準々決勝はストレート勝ち。準決勝、決勝では1ゲームを奪われるも、しっかりと勝ち切り、アジア王者としての貫禄を見せた。
パリパラリンピックの切符がかかったアジアパラ競技大会では、「アンチラバーに変えたことが最大の勝因だった」という八木。今年5月のジャパンオープンでも使用していたが、「それから5カ月の間、海外選手は対応が講じられていなかった」と言い、効果は絶大だったようだ。
「世界でアンチラバーを使用している選手は健常でもほとんどいません。それがパラになれば、さらに少なくて僕のほかにいるかいないか。僕のように腕のリーチが短い選手となれば、想定した練習というのは難しかったと思います」
そのアンチラバーへの変更は、もちろん八木自身にとっても容易だったわけではない。全く特性が異なる粒高からアンチに変えることにはやはり怖さもあった。そして「飛ばない」という特性をわかっていたとはいえ、実際に使用してみると「これほどまでに飛ばないのか」と驚いたという。最初はネットを越す球を打つところからスタートし、しっかりとものにできるまでには半年を要した。
それでもトライしようと決断したのには、自身の強みがより発揮できると考えていたからだ。
「アンチラバーは(球が)飛ばないので、しっかりと踏み込んで足の力を使わなければいけない。その点、僕は(障がいのために)腕が細い分、両足を動かして(下半身の)力を使って攻撃できる。それは足に障がいがあるほかの選手には真似できないこと。そういう自分の特性を生かせるのがアンチラバーだと考えました」
しかし今大会は、特に準決勝、決勝ではそのアンチラバーを使わないようにした。それは、今後を見据えて、戦術のバリエーションを増やすためだった。
「調子が悪いながらも勝つために選択肢が用意できるようにと、今回はあえてアンチを使用しないようにして、本来のスタイルであるフォア側に回ってどこまで押せるかというのを試したかった。そのなかで勝つことができたのは良かったと思います」
激しい切符争いのレースから“一抜け"した八木は、今後はパリだけにフォーカスできる。現状維持するつもりはなく、東京では叶わなかったメダル獲得に向けて、腰を据えてさらなる高みを目指す。
舟山は「観衆に喜んでもらえるようなプレー」を目指す
予選リーグ、決勝トーナメントと全5試合をストレート勝ちし、昨年に続いて連覇を果たしたのが、クラス10のエース、現役大学生の舟山真弘。変更前のクラス9で初優勝した一昨年を合わせると、3年連続での日本一となった。しかし、内容的には満足のいくものではなかったという。
「速いボールに対してかわしたり、カウンターにいったりというのは大学でも練習しているのでできているのですが、ゆっくりしたボールに対しては自分から行き過ぎてミスしてしまいました。以前から課題だった懐の深さがまだないと感じました」
一方では、手応えもあった。
「バックハンドのレシーブが以前よりも良くなったと感じました。チキータで入って得点できるケースもありましたし、1本ミスしてももう1本いけるという自信を持ってプレーできたのは良かったと思います」
初めてのアジアパラでは惜しくも銀メダルとなり、パリへの切符を掴むことは叶わなかった。その決勝で敗れた連浩(中国)に、11月に出場したフランスオープンでも決勝で敗れた。
「彼と比べて自分に何が足りないのかを考えた時に、やっぱり台上技術とバックハンドだなと。フォアを自分の強みとしてもっと伸ばすことも大事ですが、体が動き切れる範囲も限られているので、無理やりにフォアにまわって弱いボールを打つよりも、ちゃんとした体勢でバックを打つ方がいい。アジパラ、フランスオープンでの2試合で彼との差はそこだと感じました」
ただ、アジパラでは大きな収穫もあった。パラリンピック並みとされた今回のアジパラは、大きな会場でスタンドには平日でも観客が入り、特に週末は大勢の観客が詰めかけた。そうした環境で試合をしたのは初めてだったという舟山は「緊張よりも楽しさの方が大きかった」と語る。
「総合大会の独特の雰囲気を感じることができましたし、お客さんが卓球をすごく楽しそうに見ているなという印象がありました。見てもらう楽しさを感じたので、アジパラをきっかけに勝敗だけでなく、これからはお客さんを驚かしたり喜ばせられるようなプレーがしたいなと思いました」
今後はアジパラではあと一歩で逃したパリ行きの切符をつかみ、パリの地で大歓声を呼び起こすプレーをするつもりだ。
今大会最年少の11歳、小学5年生の深川大智。今後の成長に期待
同じクラス10には、今大会最年少の11歳、小学5年生の深川大智が初出場。予選リーグの初戦でいきなり舟山との対戦に、深川は何度も「強かった」という言葉を口にした。
「ボールの回転がすごく強かった。ラケットをちょっと寝かして打つようにして、うまくいくこともあったけど、勝つのは難しかったです」
それでも予選リーグ2試合目では「回転がよくわからなかった」としながらも「しっかりと腕を振れた」と金塚雅章を3-1で破り、2位通過で決勝トーナメントに進出。その決勝トーナメントの初戦も、新妻久志から1ゲームを奪った。結果的に破れはしたものの、爪痕はしっかりと残してみせた。
卓球経験がある父親の影響で小学1年から始めたという深川は、現在は近所にあるジムに通い、同世代の選手たちと一緒に練習に励んでいる。昨年10月には地元愛知県で行われた「一万人大会(名東、守山地区)」に出場し、小学4年以下の部で準優勝に輝くなど、健常の大会にも出場して技術を磨いている。
「自分が打ち返すと、相手からさらに強い球が飛んできて、それをまた打つのが楽しい」と深川。得意技は巻き込みサーブだ。現在、練習に力を入れているのは「打ったら、すぐに戻ること」だという。
憧れは、ロンドン、リオ、東京と3大会連続でオリンピックに出場した元日本代表の丹羽孝希だ。「クールなところがかっこいい」と言い、「自分もそんな選手になりたい」と語る。
「来年はこういう大きな大会で結果を残したい」と深川。1年後、さらに成長した姿を見せてくれるに違いない。
有終の美を飾った中村、友野は完全優勝
全日本選手権は今回をひと区切りと決めて臨んだという女子クラス10の中村望は、順当に勝ち上がり、決勝に進出。パラリンピックでは00年シドニーで銅メダル、04年アテネで4位入賞の実績を持つベテラン工藤恭子との再戦では、予選リーグと同じくストレートで破り、優勝。「どの試合も内容的には納得していない」としながらも、全日本というステージでの有終の美を飾った。
現在、世界ランキング8位の中村。今後もパリへの切符獲得を目指し、その大舞台を最後にアスリートとして第一線から退くつもりだ。「いったん退くつもりでいたが、周囲からの期待の声が大きく、それに背中を押される形で現役続行を決断した。
「以前は自分のために競技をやっていたのですが、東京パラリンピックの舞台に立った時に、自分一人の力ではなく、どれだけ多くの人たちに支えられてこの舞台に立てているのか、と感謝の気持ちを強く感じたんです。だから期待してくれている人たちの思いを背負って、私はあの舞台にもう一度立とうと。それともし自分のためにというのが一つあるとすれば、東京では勝てなかったので、せめて1勝はしたいという気持ちですね」
10月のアジアパラでは銅メダル、今月のフランスオープンではベスト8と、いずれも同じ中国の選手に敗れたが、大きな収穫があった。
「勝てるものは持っているという実感がありました。中国の選手との差もしっかりと埋まってきている。あとはやり方次第。いかに試合中にそれをやれるかどうかだなと」
現在はこれまでのようにパワーや勢いでいくのではなく、どの相手、ボールに対しても冷静に対応する“大人な卓球"を意識しているという中村。そのため、本来の持ち味である表情豊かに声を出して自分を鼓舞するというスタイルを封印。「自分の良さを消すことが本当にいいのか」という葛藤を抱え、もがき苦しんだが、その成果を今、強く感じている。パラリンピックの舞台で勝利の喜びを味わえるか、ここからが正念場だ。
内容に課題を残しながらも全試合ストレート勝ちした友野
女子クラス8では世界ランキング4位の友野有理が、決勝まで全4試合でストレート勝ち。2日前に装具がこすれて擦り傷を負った右足がまだ完治していないという状態ながら、他を寄せ付けない圧倒的な力を見せて優勝に輝いた。
アジパラでは決勝で2-2で並び、最後の第4ゲームでも10-10とポイントで並ぶという死闘を繰り広げた。しかし得意とするサーブでポイントを奪えず、勝ち切ることができずに惜しくも銀メダルに終わった。
「課題だったフットワークでは動けていたのですが、そのほかの部分でミスをして負けてしまったゲームでした。一つのことだけでなく、すべてのことを意識して初めてポイントが取れるんだなと」
アジパラに続いて出場したフランスオープンではベスト8。最後の準々決勝ではヨーロッパ選手権覇者に2-3で敗れた。「その試合も最後の最後にポイントが取れずに負けてしまいました。そういうことが続いているので、早く抜け出したい」と語る。そのためには、「相手を分析して意識することよりも、まずは自分自身がやるべきことをやることにフォーカスすること」と友野。パリへの扉は、その先にあるはずだ。
(文・斎藤寿子/写真・竹内圭)
【優勝者一覧】
◎男子シングルス
クラス1:四海史登(Fantasista)
クラス2:宇野正則(COSMO)
クラス3:北川雄一朗(ドマーニ卓球クラブ)
クラス4:齋藤元希(STEP IN)
クラス5:中本亨(ドマーニ卓球クラブ)
クラス6:板井淳記(旭化成)
クラス7:八木克勝(愛知ファイヤーズ)
クラス8:佐藤泰巳(東京身障卓連)
クラス9:阿部隼万(キンライサー)
クラス10:舟山真弘(早稲田大学)
クラスS:上田大雅(FTT)
◎女子シングルス
クラス2:西村亜佑子(熊本県身体障害者卓球協会)
クラス3:藤原佐登子(アイリス)
クラス4:宮﨑恵菜(ドマーニ卓球クラブ)
クラス5:別所キミヱ(ドマーニ卓球クラブ)
クラス7:角田セツ(藤沢レディース)
クラス8:友野有理(タマディック)
クラス9:中村望(花野井クラブ)
クラス10:石河恵美(ラポール卓友会)
クラスS:青木佑季(北卓会)
【パラ卓球】
男女別に障がいの種類や程度によって1〜11までのクラス分かれており、クラス1〜5は車椅子、6〜10は立位、11は知的障害と分けられている。試合は1ゲーム11点先取で、3ゲームを先に取った方が勝ちとなる。
卓球台のサイズやネットの高さ、ボールやラケットなどの用具は、一般の卓球と同じ。ルールもほとんど変わらない。ただし、車いす選手のサービスは、相手コートで一度バウンドし、エンドラインを越えない場合は「レット(ノーカウント)」となり、やり直しとなる。また、車いすのダブルスでは、センターラインを超えて移動することはできないため、レシーバーがサービスをリターンした後は、どちらの選手が打ってもOK。
障がいの種類や程度によって、プレースタイルはさまざま。たとえば車いすの選手は、左右に素早く動くことが難しいため、卓球台の近くでプレーすることが多い。そのため、近距離でのスピーディなラリーが展開される。また、世界には足でトスを上げ、ラケットを口でくわえて打つ、両腕欠損の選手もいる。