1月19日から21日までの3日間、「TOYOTA presents 第25回日本ボッチャ選手権大会」が東京の墨田区総合体育で行われた。会場を沸かせた廣瀬隆喜(西尾レントオール)と杉村英孝(伊豆介護センター)がぶつかったBC2男子の決勝は、廣瀬が勝利し、大会4連覇を達成(通算11度目の優勝)。ボッチャ全体をけん引している廣瀬と杉村の2人は大会後、パリパラリンピック代表に内定した。
また、もう1つ代表内定がかかっていたBC1女子では、遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)が連覇。初の「パラ切符」を手にした。
数ミリの差が明暗を分ける
これまで数々の名勝負を繰り広げてきた廣瀬と杉村の両雄。日本選手権の決勝で顔を合わせるのが8大会連続となる今回も、ボッチャが持つ奥深さを存分に見せてくれた。
会場にどよめきが起きたのが、1対1で迎えた第3エンドだ。廣瀬はボックスから10メートルの距離があるエンドラインのすぐ手前にジャックボールを投じる。これには杉村も苦笑い。「やりすぎだろ、と思いました」(杉村)。廣瀬は「杉村選手はテクニシャンなので、頭をフル回転し、(的球をどこに投げるか)ジャックボールを握る直前まで考えていた」という。
迷いに迷った末にロング勝負を選択した廣瀬は、3投目をジャックボールにピタリ。観衆から「オー」というどよめきが起こる絶妙な寄せで、第3エンドの主導権を握った。
この時点で杉村の投球は終わっていた。残り3球で無難に加点が稼げる展開だったが、5球目、廣瀬は「攻め切りたかった」と、精度の高い投球を披露する。ところが、ジャックに寄せるはずが、当たってしまい、持ち球はアウトに。ジャックもエンドライン側に動き、遠目からはラインを割っているようにも映った。
審判員は紙やライトを使いながら、ジャックの位置を何度も確認。結果、アウトではないとジャッジし、廣瀬はこの第3エンドに4点を追加。5対1とし、大きくリードした。もし、アウトになっていたら、ジャックは中央に戻され、杉村に2点が入っていた。わずか数ミリの差が試合の流れを左右した。
残り1エンド。逆転は難しいと思われたなか、杉村が観客を魅了する。自分に近い位置でのショート勝負で挑んだ杉村は、4点を獲るための投球を組み立てていた。3球目、4球目、そして5球目まではイメージ通りだったという。同点もありうる展開となり、場内のボルテージも最高潮に達した。「頑張れ」「いけるぞ」-。熱い声援が飛んだ。
しかし、最後の6球目が失投に。それでも、最新のWorld Boccia世界ランキング(2023年12月16日公表)で4位の選手にふさわしい技術を発揮した。
ボッチャの魅力を伝えられた決勝
4連覇を果たした廣瀬は試合後、「(愛知から)応援に来てくれた、たくさんの会社の人たちの前で優勝できたのは嬉しい」と一瞬、表情を緩めたものの、ベテランの第一人者らしく、淡々とこう話した
「杉村選手と決勝でぶつかるのは想定内でした。この大会に向けて準備してきたことを示せたのでは。パリパラの選考対象となる大会だったので、(優勝して)確実に内定をもらうことが大事、という意識はありました。ただ、これまでやってきたことを発揮できれば自ずと結果はついてくる、と思ってもいました」
これで杉村との日本選手権での対戦成績は5勝5敗の五分に。廣瀬は「ともにレベルアップを続けているから、こういう大きな舞台で試合をすることができる。これからも杉村選手と力を合わせて進化していきたい」と、試合以外では仲が良いライバルとのさらなる切磋琢磨を誓った。
一方、杉村は開口一番、「悔しい」と口にした。昨年の8月に行われた「2023 ジャパンパラボッチャ競技大会」では、課題としていたロングへの取り組みが功を奏し、廣瀬に勝利したが、「まだまだ再現性が低い。(現状での)実力の差が出てしまった」と、冷静に自己分析。そして、こう続けた。
「東京パラの後、ボールが変わったが(それまでは多様なメーカーのボールから選ぶことができた。ルールの範囲内でサイズや重さなどをカスタマイズできたが、東京パラ後はルール変更により、使用できるのは世界ボッチャ連盟に認可されたメーカー製のライセンスボールのみとなった)、まだ“自分のボール"に育てられていない。それも関係して、自分のボッチャが未完成のまま。ロング対策もそうだが、もっと全般的な精度を上げていかなければならないと思ってます」
敗れはしたが、廣瀬との大一番は快いものだったという。
「ボッチャの魅力が伝わったのでは。1球ごとに歓声が上がる雰囲気のなか、気持ち良く臨めました。観客のみなさんには感謝してます。そのお返しとしての見応えのある試合はできたと思っています」
なお、その他のクラスは、「BC4男子」で内田峻介(大阪体育大 アタプテッド・スポーツ部 APES)が3連覇を達成。また、「BC1男子」は中村拓海(大阪発達総合療育センター)、「BC3女子」は一戸彩音(ポルテ多摩)、「BC4女子」は岩井まゆみ(あいちボッチャ協会)と、3人が連覇を遂げ、「BC2女子」は蛯沢文子(NTTコムウェア)が、「BC3男子」は有田正行(電通デジタル)が優勝した。
東京パラ金の杉村は連覇を目指す
大会後、パリパラ内定会見が行われ、BC2男子の決勝を戦った廣瀬と杉村、そして、BC1女子で連覇を果たした遠藤の3選手が内定したことが発表された。
北京、ロンドン、リオ、東京に続き、5大会連続出場となる廣瀬は、次のように抱負を述べた。
「パラリンピック出場はもともと、夢でしかなかった。5回目となるパリでは、団体としては金を獲りたい。個人ではまだメダルを獲得できていないので、まずメダル圏内に入れるようにしたいです」
杉村は日本選手権では準優勝だったが、最新のWorld Boccia世界ランキング4位であることが考慮され(廣瀬は6位)、代表に内定した。パリで4大会連続のパラリンピック出場となる杉村は、今回の選出を「やや複雑」としながらも「東京パラ以降に積み重ねてきたことの結果なので嬉しい」と、喜びを表した。
東京パラの金メダリストである杉村にとって、パリは「2大会連続の金」の期待がかかる大会になる。もちろん目標は「金メダル」だ。ライバルを聞かれると、「BC2の選手全員です。廣瀬選手も含めてですね」と言って、取材陣を笑わせた。
遠藤は初の「パラ切符」を手に入れた。パリパラ内定会見では終始、初々しさを見せていたが、昨年12月に香港で行われたアジアオセアニア選手権では個人で銀メダルを獲得。世界の舞台でも実績を残している。
日本選手権でも勝負強かった。前回大会と同じ、東京パラ団体銅メダルに貢献した藤井友里子(アイザック)との顔合わせとなった決勝では、第2エンドに6点を入れ、一気に優位に立った。流れを変えたのは、得意としているロングボールだった。
「ボールの持ち方、投げ方など、ロングを強化してきた成果が出せたと思います。パワーをつけるために筋力トレーニングもしています。あと、試合の最後までフィジカルで崩れないように、栄養補給も大事にしています」
個人としてのパリパラの目標は、決勝進出。「ライバル?わかりません」と、ここでも初選出らしさをのぞかせていたが、廣瀬と杉村という「ボッチャの顔」とともに、「火の玉ジャパン」の一翼になるつもりだ。
(文:上原伸一)
【優勝者一覧】
BC1男子 中村拓海(大阪発達総合療育センター)
BC1女子 遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)
BC2男子 廣瀬隆喜(西尾レントオール株式会社)
BC2女子 蛯沢文子(NTTコムウェア株式会社)
BC3男子 有田正行(電通デジタル)
BC3女子 一戸彩音(ポルテ多磨)
BC4男子 内田峻介(大阪体育大学アダプテッド・スポーツ部 APES)
BC4女子 岩井まゆみ(あいちボッチャ協会)
四肢麻痺など、障がいの重い選手が行うスポーツとして考案されたパラリンピック独自の競技。障がいの程度によってクラスが分かれて試合が行われる。
12.5m×6mの大きさのコートを使用し、赤ボールと青ボールのチームに分かれて1エンドごとに制限時間内に6球ずつ投げる。「ジャックボール」と呼ばれる白色の目標球に、どれだけボールを近づけられるかを競う。個人戦とペア戦は4エンド、1チーム3人で行う団体戦は6エンドの合計点で勝敗が決まる。
障がいが重いクラスでは、自分自身でボールを投げたり転がしたりすることができない場合、補助具の使用が認められている。滑り台のような形をした「ランプ」を使用したり、頭の動きでボールを押し出したり引っかけて動かすことのできる「ヘッドポインタ」などを使用して投球する。また、アシスタントにボールを渡してもらったり、補助具の角度や方向を調整してもらうことも認められている。ただし、アシスタントが自由に動いたり、選手に話しかけることは禁止。コートを振り返ることもできないため、選手自身の実力が問われる。
パラリンピックに出場するようなトップクラス選手の技術は高く、ボールの勢いを利用して相手のボールをはじいたり、ボールの上に乗せたりすることも。自由自在にボールを操る選手のテクニックが見どころ。