前半10得点の活躍を見せ、中国を苦しめたキャプテン北田千尋
12日にタイ・バンコクで開幕した車いすバスケットボールのアジアオセアニアチャンピオンシップス(AOC)は、20日に最終日を迎え、女子日本代表は中国との決勝に臨んだ。前半は日本のディフェンスが機能し、オフェンスでもキャプテン北田千尋(4.5)が10得点、柳本あまね(2.5)も2本の3ポイントシュートを決めるなどして8得点を挙げ、世界選手権銀メダルの中国からリードを奪った。しかし逆転を許した3Qで一気に突き放されるかたちで35-54で敗れた。今大会でパリ行きの切符を掴むことは叶わなかったが、2カ月半前の“完敗"とは全く違う、大きく進化した姿があった。
好守備を生み出した前日の選手ミーティング
勝てばパリパラリンピックの出場が決まる大一番。日本は昨年10月のアジアパラ競技大会での悔しさを糧に、2カ月半の間、この日のために練習を積み重ねてきた。その準備は、大会期間中にも続けられていた。
今大会はすでに予選プールで2度、中国と対戦。いずれもスタートから相手に試合の主導権を握られ、日本が勝機を見出すチャンスを作れないまま終わった。
そんななか、最後の最も大事な試合で日本は最高のスタートを切った。最大の要因は、試合のリズムをつくるうえでベースとなるディフェンスにあった。開幕前にケガでメンバーを変更し、さらには1人欠いた状態で大会に臨むという苦しいチーム事情を抱えていた日本。コート上のクラス(持ち点)の合計が14.0点以内というルールがある車いすバスケットボールでは、1人の変更や欠場が戦略に大きな影響を与えるだけに、チーム自体は決してベストな状態ではなかった。
しかし、戦ううえでそれを言い訳にするわけにはいかない。岩野博ヘッドコーチ(HC)や11人の選手たちは誰も苦しいチーム事情を敗因にはあげることは一度もなく、常にその日のベストを出すことだけに集中していた。だからこそ、予選プールでの敗戦を負けられない決勝トーナメントに向けての“準備"へとすることができたのだろう。
予選プールでの日本のディフェンスは、明らかにコート上で迷いが生じていた。特に中国戦ではそれが敗戦の元となっているように感じられた。高さのない日本には、やはりディフェンスが生命線になる。ディフェンスが機能してはじめて勝機を見出すことができる。その生命線に亀裂が生じた状態では、世界2位の強豪国を倒すことはできない。それが予選プールの結果に明確に示されていた。
もちろん負けたままで終わるつもりはなかった。決勝前夜の選手ミーティングでは、「自分たちが積み上げてきたものを、ぶれることなくやることに集中しよう」と決めたと言い、選手たち自らの発案で昨年6月の世界選手権の振り返りを行ったという。その理由について、キャプテンの北田はこう語ってくれた。
「自分たちが一番にディフェンスで手応えがあったのは、やっぱり世界選手権の中国戦。だから昨日(決勝前日)の選手ミーティングでは、世界選手権で中国に対して8秒(バイオレーション)取った時のシーンだけを何回も見直しました。“このタイミングで強くコンタクトに行ってるよね"とか“このタイミングで先頭に合わせているよね"という細かいことも確認し合いました」
中国と対戦した世界選手権の準々決勝、結果的に敗れはしたものの、3Q終了時点で1点差に詰め寄ると、4Qでは一時逆転に成功するなどして中国を苦しめた。ターンオーバーが日本の8を大きく上回る15だったことからも、いかに日本のディフェンスに中国が苦しめられていたかがわかる。その極めつけのシーンが、2度にわたって中国の主力ラインナップをフロントコートでつかまえて8秒バイオレーションを奪ったシーンだった。
そして世界選手権までは一つのシステムを徹底的に行っていた日本のディフェンスは、今や進化を遂げ、複雑なシステムとなっている。しかしディフェンスへと切り替わった瞬間、まず何より最初に意識すべきことはこれまでと変わらない。そのことに気づいたことが大きかったと、網本麻里(4.5)は言う。
「世界選手権であれだけ中国にシャドウ(ディフェンス)が効いたということは、それだけの力を自分たちは出せるんだということをチーム全員が信じようと。それを発揮するためには、まずはコンタクトすること。それをしっかりと意識して、そこからシャドウに移る。そのことをみんなで共有し合いました」
高さのある中国のディフェンスにも鋭いカットインからシュートを狙う柳本あまね
課題こそがステップアップへのプラス材料に
今大会ではそれまで見なかった日本の強固なディフェンスに、中国は面食らったのだろう。1Qの序盤、いきなり何でもないパスミスを犯し、さらにはシュートチャンスを作り出せずに24秒バイオレーションを奪われた。試合開始わずか2分半で、中国はタイムアウトを取るほどに追い込まれていた。
そのタイムアウト明け後も、流れはほとんど変わらなかった。中国のバスケットカウントと思われたシュートがオフェンスファウルとなり、さらにオフェンスリバウンドからのパスミスなど中国はターンオーバーを重ねた。
一方の日本は、ディフェンスでリズムを作り出せたことでオフェンスにもいい流れが生まれたのだろう。北田の連続得点から始まり、柳本に3ポイントシュートが生まれるなど、12得点。中国の得点を1ケタに抑え、12-8と中国に対して初めてリードした状態でのスタートを切った。
続く2Qは多少落ち着きを取り戻した中国に対して一進一退の攻防となり、日本も一歩も引くことなく互角に渡り合った。前半を終えて、22-21。日本のリードはわずか1点ではあったものの、中国にターンオーバー8を数えさせた20分間は、日本のディフェンスに軍配が上がったと言っても過言ではなかった。
それでも、さすがは世界2位の中国。勝負のあやとされた3Qを連続得点で入り、逆転に成功すると、それ以降はいつもの中国の強さを発揮し、じりじりと日本を引き離していった。ただし、日本も単にやられたわけではなかった。それこそブレイクをされて速攻で走られるというシーンは皆無で、ハーフコートに落とし込むまでのディフェンスは最後まで機能していたと言える。
それでもハーフコートのディフェンスの際、前半に講じていた対策がアジャストされた後の次のカードが効力を発揮できなかったこと。そしてやはり高確率に決める中国のシュート力に対抗するだけの得点力がまだ不足していたなど、課題があった。しかし、それらはすべて次に進むための収穫でもある。
パリへのチャンスは、あと1回。4月に大阪で行われる世界最終予選では、上位4チームがパリパラリンピックの切符を掴む。自力出場という点では、2008年北京大会以来となる女子日本代表。決戦に向けて、さらなる進化を遂げることができるか。日本のファンの前で、パリへの扉を開く瞬間は、もうすぐだ。
(文・斎藤寿子/写真・湯谷夏子、村上智彦)
【車いすバスケットボール】
一般のバスケットボールとほぼ同じルールで行われる。ただし「ダブルドリブル」はなく、2プッシュ(車いすを漕ぐこと)につき1回ドリブルをすればOK。
選手には障がいの程度に応じて持ち点があり、障がいが重い方から1.0~4.5までの8クラスに分けられている。コート上の5人の持ち点の合計は14点以内に編成しなければならない。主に1.0、1.5、2.0の選手を「ローポインター」、2.5、3.0、3.5を「ミドルポインター」、4.0、4.5を「ハイポインター」と呼ぶ。
国内では健常者の参加が可能で、持ち点は4.5。また天皇杯など男子の大会に女子選手が参加することも可能で、女子選手1人につきコート上の5人の持ち点の合計が1.5点加算される。
障がいが軽いハイポインターでも車いすのシートから臀部を離すことは許されず、座ったままの状態で一般のバスケと同じ高さ・距離でシュートを決めるのは至難の業だ。また、車いすを漕ぎながら、ドリブルをすることも容易ではなく、選手たちは日々のトレーニングによって高度な技術を習得している。
ジャンプはないが、ハイポインターが車いすの片輪を上げて高さを出す「ティルティング」という技がある。ゴール下の激しい攻防戦の中、ティルティングでシュートをねじ込むシーンは車いすバスケならではの見どころの一つだ。