パリパラリンピックの切符を手にし喜びを爆発させる日本代表
4月17~20日、Asueアリーナ大阪で開催された「2024 IWBF女子車いすバスケットボール最終予選」では、残り4枠のパリパラリンピック出場権をかけて熱戦が繰り広げられた。グループリーグを1勝2敗とし、3位となった日本は、勝った方がパリへの切符を獲得する最後のクロスオーバー戦でオーストラリアと対戦。終始主導権を握った日本が50-26で勝利をおさめ、2大会連続でのパラリンピック出場を決めた。自力では2008年北京大会以来、4大会ぶりの快挙となった。
苦しむチームをプレーでも鼓舞し続けたキャプテン北田千尋
「大好きなチームでまだまだ一緒にバスケットをしたい。それがパリに行きたい大きな理由の一つでもあります。だから最終日の20日に(負けて)チームが解散するようなことは絶対にさせません」
開幕前日の記者会見で、キャプテンの北田千尋(4.5)はそう強い思いを口にしていた。そして有言実行とばかりに、プレーでもチームを先頭で牽引し続けた。
今大会、日本が最も苦戦したのは得点が伸び悩んだことにあった。その苦しい状況のなか、全4試合でチーム最初の得点を決めたのが北田だった。さらに、チームで唯一全試合で2ケタ得点をマークし、いずれの試合でもトップスコアラーとなった。
このキャプテンの活躍ぶりに岩野博ヘッドコーチ(HC)も「今大会は北田にずいぶん助けられました。彼女が最後まで好調をキープしてくれことが大きかったです」と称えた。
なかでも負ければパリへの道が閉ざされるという大一番となった最終日のオーストラリア戦の出だしでの北田の活躍は、会場の雰囲気を一変させ、チームに勢いを与えるのに十分だった。
今大会の日本代表にはパラリンピック予選の経験があったのは、わずか4人。そのなかで予選を突破してのパラリンピック出場の経験があるのは、網本麻里(4.5)のみ。その網本が「出だしは自分たちの流れをつかみつつも、やっぱり少し上がっていたというか、前のめりになってしまった感があった」と語った通り、この日の日本はディフェンスが機能し、主導権を握っているかのように見えたものの、固さは拭えなかった。最初のシュートを落とすと、さらにターンオーバーで攻撃のチャンスを潰すなど、1分以上、得点することができなかったのだ。
実はチーム最初のシュートは北田だった。しかし試合開始1分過ぎ、ディフェンスリバウンドからの速攻でレイアップシュートを決め、自らのミスを帳消しにした。そしてキャプテンのこの1本で重苦しかった空気が一変。スタンドから大歓声が沸き起こり、チームに勢いをもたらした。
その後もなかなかチームの得点が伸びないなか、北田が3連続得点と孤軍奮闘し、一人で1Q前半での全6得点を挙げてチームを鼓舞した。すると後半に入り、網本も本領を発揮とばかりに、3ポイントシュートを含む5得点。さらに柳本あまね(2.5)もフリースローを4本中2本入れて貢献し、日本が13-4と大きくリードした。
続く2Qはベンチメンバーの活躍も目立った。清水千浪(3.0)が2Q最初の得点を挙げれば、最後に決めたのは江口侑里(2.5)だった。そのほか、土田真由美(4.0)や、現役高校生の小島瑠莉(2.5)と西村葵(1.5)にも出場機会が与えられ、得点に絡むことはできなかったものの、ディフェンスで貢献。特に清水、土田がプレーした序盤の3分間は、8秒バイオレーションを奪うなどして無失点と完璧なディフェンスだった。
こうして早くも日本が25-7と大きくリードして試合を折り返し、パリへの扉は少しずつ開き始めていた。
3Qも日本が攻防にわたって圧倒した。ディフェンスでは3度のバイオレーションを奪い、オーストラリアの攻撃の芽を摘んだ。一方、オフェンスでは柳本が今大会最多を誇ったカディー・ダンデーノ(カナダ)の5本に次ぐ今大会4本目の3ポイントシュートで加点。ちなみに今大会で2本以上の3ポイントを決めたのは5人で、そのうち柳本以外の4人はハイポインターだった。いかに柳本のシュート力が秀でているかがわかるだろう。
そして、網本が初戦で8本中1本だったフリースローを、全4本を決めて修正能力の高さを示すなどした日本は、23点差とさらにリードを拡大。最後の4Qは、オーストラリアが粘りを見せるなか、ここでもチームを救う活躍を見せたのは、やはりキャプテンの北田だった。相手の長身選手にバスケットカウントを決められた直後にミドルシュートを決め、勢いを与えなかったことは大きかった。さらに最後は、残り4秒で北田自身にとって今大会初の3ポイントで締めた。
オーストラリア選手の動きを止めようとする財満いずみ
それぞれの役割を担ってこそ生まれた“チーム一丸"の強さ
さて、今大会で日本がパリ行きの切符獲得に成功した背景には、全員がそれぞれの役割を果たすことに集中したことにあった。なかでも3選手の献身的な仕事ぶりは際立っていた。
まずは、全試合でベンチスタートだった土田と清水だ。2人は決してプレータイムは多くはなかったが、それでも指揮官が信頼していつでも起用できるだけの抜群の安定感があった。土田は4試合を通してのフィールドゴール(FG)成功率は54%を誇り、清水もグループリーグの3試合においては43%。岩野HCにとって、この2人がベンチにいることがどれだけ心強かったかは想像に難くない。
また、代表経験の少ない若手が多いベンチのなかでも2人の存在は大きかったことだろう。プレータイムに関係なくチームが一丸となって戦うことができていたのには、ベンチの盛り上がりは欠かせなかった。そのベンチの明るさを作り出していたのは、ベテラン2人が若手が伸び伸びとできるような雰囲気を作っていたからではなかったか。コート上の5人にとってもそんなベンチからの声や雰囲気は、大きな後押しとなったに違いない。
そして、今大会全試合でスタメン起用されたラインナップの中にも、スタッツでは決して目立つことはないが、献身的なプレーでチームに大きく貢献した選手がいた。財満いずみ(1.0)だ。彼女を除く4人は“シューター"として注目度が高く、そのなかにあって財満が取り上げられることはそう多くはない。
しかし、シューターが揃っているからこそ、財満の献身的なプレーは重要で、その役割は非常に大きい。シュートチャンスに財満のプレーが絡むことも多く、さらにディフェンスにおいても、彼女の存在は不可欠だ。クラス1.0で体格も小さい財満は相手のハイポインターにミスマッチを狙われやすい。それでも決して当たり負けすることなく、スピードや高さでは劣っても、それをカバーするだけの技術や判断力などが備わっている。
日本が最大の強みとしているオールコートのマンツーマンからシャドウへと切り替わるディフェンスを可能にしているのもまた、クラス1.0の財満にそれだけの力があるからにほかならない。間違いなくパリへの切符をつかんだ功労者の一人として忘れてはならない存在だ。
さて、パリパラリンピック行きを決めた女子日本代表が、次に目指すのは2000年シドニー大会以来となるメダル獲得だ。それも銀や銅ではなく、あくまでも目標は金メダル。新体制発足時から岩野HCが掲げてきた目標にブレはない。
ただ、そのために克服しなければならない課題は少なくないのも現状で、今大会ではそれが露呈したと言っても過言ではない。なかでもシュート成功率は喫緊の課題だろう。今大会のFG成功率を見ると、最高はフランス戦の37.9%。オーストラリアとの最終戦においては26.4%にとどまった。ほぼダブルスコアにまで大差がついたものの、パリを見据えると“快勝"や“大勝"とは言えないだろう。
しかし、それはチームの誰もがわかっている。パリ行きを決めたことへの喜びはあっても、誰も満足などはしていないことは試合後のコメントにも表れていた。財満は今大会で得た自信は「ほんの少しだけ」と語り、キャプテンの北田においては「このままではパリでは1勝もできない」と危機感を口にした。パリまで4カ月。どこまでレベルアップできるかがメダル獲得へのカギを握る。
一方、パラリンピックの道を切り開いたことは非常に大きな意味を持つ。女子日本代表は、2012年ロンドン、16年リオと2大会連続でパラリンピックの出場を逃し、18年の世界選手権にも出場できなかった。そんな苦しい時代を乗り越え、東京パラリンピックで6位入賞を果たし、止まっていた時計の針が動き始めた。
その針を再び止めるわけにはいかなかった。しかも、今回は男子日本代表が史上初めて予選敗退を喫し、パラリンピック出場を逃していた。女子までもが逃せば、日本の車いすバスケットボール界は苦しい立場に置かれることは想像に難くない。各国のレベルが上がる一方でパラリンピックの出場枠が激減した今、再び世界の舞台に戻ることは決して容易なことではないからだ。
これまで女子が世界の舞台から遠ざかっている間、男子がつなげてきた日本の車いすバスケットボールの灯を、今度は女子がつなげていく番でもある。日本車いすバスケットボール界にとって、女子日本代表のパリパラリンピック出場は希望の光と言える。
その光が、今夏パリの地でさらに輝くことを期待したい。
(文・斎藤寿子/写真・湯谷夏子)
【車いすバスケットボール】
一般のバスケットボールとほぼ同じルールで行われる。ただし「ダブルドリブル」はなく、2プッシュ(車いすを漕ぐこと)につき1回ドリブルをすればOK。
選手には障がいの程度に応じて持ち点があり、障がいが重い方から1.0~4.5までの8クラスに分けられている。コート上の5人の持ち点の合計は14点以内に編成しなければならない。主に1.0、1.5、2.0の選手を「ローポインター」、2.5、3.0、3.5を「ミドルポインター」、4.0、4.5を「ハイポインター」と呼ぶ。
国内では健常者の参加が可能で、持ち点は4.5。また天皇杯など男子の大会に女子選手が参加することも可能で、女子選手1人につきコート上の5人の持ち点の合計が1.5点加算される。
障がいが軽いハイポインターでも車いすのシートから臀部を離すことは許されず、座ったままの状態で一般のバスケと同じ高さ・距離でシュートを決めるのは至難の業だ。また、車いすを漕ぎながら、ドリブルをすることも容易ではなく、選手たちは日々のトレーニングによって高度な技術を習得している。
ジャンプはないが、ハイポインターが車いすの片輪を上げて高さを出す「ティルティング」という技がある。ゴール下の激しい攻防戦の中、ティルティングでシュートをねじ込むシーンは車いすバスケならではの見どころの一つだ。