24歳のキャプテン金子和也。準決勝では8ゴールを決めチーム最多得点を記録した
9月4日、パリ2024パラリンピックは競技7日目を迎え、パリ南アリーナではゴールボール男子の準決勝が行われた。前日の準々決勝でアメリカ(世界ランキング4位)に競り勝った日本(同6位)は中国と対戦し、前半から8-2と大きくリード。後半も攻撃の手を緩めず、13-5で世界3位の強豪を破り、初の決勝進出を決めた。
中国に衝撃を与えた宮食の“秘策"
ゴールボール男子が初めてパラリンピックに出場した3年前の東京2020パラリンピック、日本は準々決勝で中国に敗れて5位。その後もなかなか勝つことができずにいた難敵の牙城を見事に崩した一戦だった。
中国への並々ならぬ思いは、キャプテン金子和也の姿に表れていた。どちらかというとプレーで見せるタイプの金子だが、この日は自然と声が出た。
「いつもは自分はあまり声を出すタイプではないのですが、今日は絶対に勝つぞという強気な思いが自然と口に出ました」
今大会、日本は予選リーグの初戦で中国と対戦し、6-7で惜敗していた。しかし「実力で負けたというよりも、運で負けたと感じていた」と工藤力也ヘッドコーチ(HC)は語り、内容的に大きな手応えを掴んでいたという。
そこで予選同様に、レフトに長身の宮食行次を起用し、ライトに金子、センターには守備力のある田口侑治を置いた“攻撃型"布陣で臨んだ。
「守備でしっかり形を作って入るか、アグレッシブに攻めていくか、2つのパターンを相手にあわせて変えているのですが、中国の場合は攻撃型で予選に入ってかなりいい手応えがありました。不運なところで負けはしましたが、内容的にはこちらの方が勝っていたので、やるべきことをやれば勝てる入り方だと思って選択をしました」(工藤HC)
すると、指揮官の期待通りの展開が繰り広げられた。試合開始から1分もしないうちに、宮食の高く跳ね上がるバウンドボールが中国のゴールに突き刺さり、日本が先制した。すぐに中国に同点に追いつかれたものの、そのわずか2秒後には再び宮食が得点し、2-1とリードした。
「自分がやってやるんだという強い気持ちで試合に入った」という宮食。その宮食の力強いショットに、センターの田口も「球がガンガン来ていたので、1球目を投げた時から“これは点を取ってくれるな"と感じていた」とチームメイトに手応えを感じていたと言い、日本は想定通りの好スタートを切った。
すると、中国は早くもタイムアウトをかけた。試合序盤、日本のリードはまだ1点という場面でのタイムアウトは、中国がいかに慌てていたかがわかる。宮食のバウンドボールにディフェンスが対応できていなかったのだ。それは、日本にとってはまさに“してやったり"だった。
「バウンドの高いボールが中国の弱点だったので、そこで絶対に勝負できるという自信がありました。実は予選プールではあまり見せていなかったんです。この決勝トーナメントに向けてしっかりと調整して、状態を上げてこられたので、相手はびっくりしていたんじゃないかと思います」(宮食)
ダイナミックなスローイングで得点を量産した宮食行次
訪れたこれまでの努力が報われた瞬間
その後も宮食がバウンドボールとグラウンダーを織り交ぜた多彩な攻撃で連続得点すると、中盤には金子がストレートのショットを決め、5-1とリードした。
巻き返しをはかりたい中国はエースの鋭いグラウンダーのストレートが日本のゴールを襲い、1点を返したかに思われたが、審判員がボールチェックに入った。そして故意にボールを濡らしたという反則行為が認められ、日本にペナルティスローが与えられた。これを金子がきっちりと決め、さらにリードを広げた。
この判定に、田口は「メディアを前にしてずっと言いたかった」と語った。
「(ボールを濡らすと)加速していくので僕らにとっては難しいボールになってしまうんです。ダメなものはダメ。でもなかなかペナルティを取られないという現状があって、マイナースポーツが故なのかなと思いますが、やっぱりパラリンピックの正式種目でもありますので、ゴールボールという競技がちゃんとしたスポーツになるように、僕らはフェアに戦いたいと思っています。だから今日は審判がしっかりと取ってくれて良かったです」
日本側としては以前から訴え続けてきたと言い、工藤HCもその成果だったと述べた。
「汗がつくとボールがかっ飛んでくるんです。それだとディフェンスは間に合わない。今大会も予選でも水をこぼしている映像があったので、審判に渡して“チェックしてください"というふうには伝えていました。ただそれで熱くなっても審判は取ってくれないので、ベンチも冷静でいようと。そして選手には“どんなボールでも止めよう"とは言っていました。これまでペナルティに取ってもらえたのは1回のみ。だからずっと言い続けてきた結果だったので、あれで勝負は決まったなと思いました」
強敵中国に打ち勝ち、抱き合いながら喜びを爆発させる日本代表
前半を8-2で終えると、後半も終始日本のペースで試合が進み、金子が3つのペナルティスローを含めて全5得点。13-5で快勝した日本は史上初の決勝進出を決め、銀メダル以上を確定させた。
「東京パラリンピックで中国に敗れて、めちゃくちゃ悔しかった。絶対にパラリンピックの舞台で中国を倒してやろうという強い気持ちでやってきたなか、今日この舞台で倒すことができて本当に嬉しく思います」と宮食。金子も「24年間生きてきて、一番嬉しい日。仲間が自分を信じてくれて、多くの応援があって、今ここに立てていると思うので、この勝利は本当に嬉しい」と語った。
工藤HCも「中国という強いチームになかなか勝てそうで勝てなかった。ゴールボール男子にとっては悲願でもあったので、選手たちがやってきた努力が本当に報われた瞬間だった」と喜びを口にした。
ただ、チームにとっては一つの通過点。最終目標はもう一つ先にある。
5日の決勝では、ウクライナと対戦する。「実力的には五分五分」と分析する工藤HCは、勝利へのポイントについてこう述べた。
「決勝戦という舞台で、どれだけこれまでやってきたことを出せるか。そしてこのコートで戦える喜び、いろいろな人たちが支えてくれているんだということを感じながらプレーすれば、選手たちが持っている力を100%出せて勝利に近づくと思っています」
さらに歴史的快挙を更新し、世界一の称号を手にする。
(文・斎藤 寿子/撮影・中島 功仁郎)