9月5日、パリパラリンピックは競技8日目を迎え、パラ南アリーナではゴールボール男子の決勝戦が行われた。前日に世界ランキング3位の強豪国中国を13―5で破り、決勝に駒を進めた日本。決勝の相手は世界ランキング2位のウクライナ。互いに譲らない展開が続き試合が延長戦に及んだ末、佐野優人(日本国土開発株式会社)が決勝点を決め、4―3で勝利。ゴールボール男子日本代表として初の金メダルを掴んだ。
パラリンピック競技2日目の8月30日、日本は一度予選でウクライナと対戦し、8-9で惜しくも敗れていた。しかし今回、予選でウクライナと対戦していたことが結果的に功を奏した。
「(予選の)ウクライナ戦の敗因は明確にわかっている」。決勝前日、工藤力也ヘッドコーチはそう話していた。予選の敗因はディフェンスの若干の乱れだった。日本代表は細かな点さえ修正すればウクライナに絶対に勝てるという意気込みで、自信を持って決勝に臨んでいたのだ。
試合前半はセンターに田口侑治(リーフラス株式会社)、ライトに金子和也(Sky株式会社)、レフトに宮食行次(株式会社コロプラ)を置いた形でスタート。予選から採用してきた、攻撃に特化した体制だ。
最初にゴールを決めたのは日本。開始2分23秒でキャプテンの金子が力強いスローイングでボールを相手のゴールにねじ込んだ。それからわずか26秒、宮食も相手のレフトの左脇を抜けるゴールを決め、開始早々で日本が2-0でリードする展開となった。
しかし、対するウクライナも黙ってはいない。前半の半ばでウクライナ1得点を決め反撃を開始。その後、宮食のロングボールに対して与えられたペナルティースローを難なく決め切り、2-2で前半が終了した。
目標としていた「勝てるチーム」を実現させたキャプテン金子
後半の序盤は一進一退のこう着状態が続いたが、最初に流れを掴んだのは日本だった。
後半残り9分を切った頃、後半から出場した佐野が投げたボールが相手のセンターとレフトの間をすり抜け見事ゴール。3―2で再び日本がリードする展開に。
その後はしばらく得点が動かず、試合時間は残り2分に。そのまま日本が逃げ切るかと思われたが、試合時間残り1分57秒、ウクライナのアントン・ストレリチクの力強いスローイングから放たれた勢いのあるボールがセンターの萩原の脚にあたり、レフトの金子の脇を通りゴールに吸い込まれていった。そのまま3―3で後半が終了。試合は延長戦に突入した。
延長戦の前に円陣を組んで心を一つにした日本。観客席からニッポンコールが湧き起こる中試合が再開した。
延長戦は前半3分、後半3分で行われ、先にゴールを決めた方が勝ちとなる。一つのミスも許されない展開に、会場全体が緊張感に包まれる。
延長戦までもつれた決勝戦に終止符を打った佐野のスローイング
延長戦はセンターに萩原直輝(LINEヤフー株式会社)、ライトに佐野、レフトに宮食を置いた布陣でスタート。
独特な助走で相手の間をずらすことが得意な佐野。そんな佐野が延長戦前半残り1分19秒、うまく相手のディフェンスのタイミングをずらしてスローイング。佐野の手から放たれたボールはウクライナの守りをすり抜けていき、ゴールネットが揺れた。日本代表が史上初のパラリンピック金メダルを掴んだ瞬間だった。
日本が勝利を決めた瞬間、会場では大きな歓声が巻き起こり、選手たちは飛び跳ねたり顔を伏せてしゃがみ込んだり、互いに抱き合ったりして、それぞれがそれぞれの形で歓喜の瞬間にふけった。
決勝点を決めた佐野はゴールが決まった瞬間、ゴールの声や笛の音が聞こえず、歓声が上がるまで状況が分からなかったという。しかし歓声を聞いたその瞬間、自身がゴールデンゴールで決勝点を決めたことを理解し、コート上で飛び跳ねて全身で喜びを爆発させた。
パリパラリンピックという大舞台を堂々と戦い抜いた日本代表。喜びと安堵による笑顔があふれる
「まだまだゴールボール、もっと盛り上がれる」
試合後にそう話した佐野。ゴールボールはパラ独自のスポーツでもあることもあり、まだまだ認知度が低く、注目度も高いとは言えない。また、過去に成績を上げてきた女子代表に比べると、男子代表には日の当たらない状況が続いてきていた。そんな中で手にした今回の金メダル。選手たちは今後のゴールボールの認知度向上や普及に期待を寄せている。
一方で佐野は、日本でゴールボールの注目度を上げていくためには「結果を出し続けるしかない」とも話した。今回のパリパラリンピックの金メダルはあくまできっかけで、今後も国際大会で勝ち続けることで、やっと競技の認知度が上がっていくと考えているのだ。
また、競技の普及のためSNSでの発信や講演活動にも力を入れる田口は、「見えないなかで縦横無尽に動いたり、コミュニケーションを取ったりすること」がゴールボールならではの魅力であると語り、今後の国内の競技普及に向けては「まず国内大会からもっと集客して、日本国内でゴールボールというワードが聞けるようにしたい」とも話した。
しかし今回、パリのゴールボール会場には日本代表に向けた、割れんばかりの声援が響き渡っていた。また、日本国内でのテレビの生中継が日本時間の深夜2時30分からという時間帯であったにも関わらず、SNSではリアルタイムで多くの応援コメントが投稿された。
選手たちは金メダルを首にかけて喜びに浸りつつも、ゴールボールの現状を冷静に話し、そして強い眼差しで日本のゴールボール界の今後について話していた。
ゴールボール男子代表は、今回のパラリンピック優勝の経験を糧に、競技の普及にも引き続き力を入れていく。
日本の試合会場で、パリパラリンピックに引けをとらない大声援が響き渡る日も、そう遠くないのかもしれない。
(文・湯谷 夏子/撮影・中島 功仁郎)