第16回全日本パラ卓球選手権大会(肢体の部)が北区赤羽体育館で開催され、男女シングルスと男女ダブルス、混合ダブルスが行われた。パリ2024パラリンピック競技大会に出場した選手も参加。男子シングルスの「クラス7」では、八木克勝(愛知ファイヤーズ)がフルセットの末、逆転勝利で優勝を果たすなど、会場を沸かせた。
負けるわけにはいかない試合を制す
パリ2024パラリンピック競技大会(以下、パリパラ)に出場した選手の活躍が際立ったなか、見る者を惹きつけたのが、八木克勝(愛知ファイヤーズ)だった。
男子シングルス「クラス7」の決勝、八木は金子和也(TMI総合法律事務所)に2ゲームを先取され、追い込まれる展開に。
「何やってんのと、3ゲーム目は自分にカツを入れました」
ただ、頭の中は冷静だった。流れは悪かったものの、2ゲーム目の後半から相手のウイークポイントをつかみ、不安要素が消えた。技術的な部分も修正し、より丁寧に打った。攻めて得点するリズムが戻ってくると、以降は11-7、11-6、11-7のスコアで3ゲームを連取。「パラ代表としても、クラス7の世界ランキング2位としても、負けるわけにはいかない試合」(八木)を制した。
苦しんだ末の大逆転勝利。八木の目には涙があった。
「全日本では自分でも何回か覚えていないほど優勝してますが、今回の優勝は大きかった。
今後も選手生活を続けるかどうかはわかりませんが、(仮に続けないとしても)優勝で終われたので…いろいろな思いを噛みしめながらプレーしてました」
パリパラではあらためて、(シングルスの)卓球が孤独なスポーツだと感じたという。「台の前に立ったら自分次第。勝負するのは自分1人なので…」
八木の優勝は、自分と向き合うしかない卓球の難しさを乗り越えての栄冠でもあった。
他のクラスでもパリパラに出場した選手たちが躍動した。女子シングルスのクラス8では
友野有理(タマディック)が優勝。以前は、30種類あると言われていたサーブの数が注目されていたが「それでは1つに費やせる練習時間が短くなる」と、現在は数を絞っている。
全日本ではそのサーブの調子が良かったという。友野は「サーブから3球目で決めるパターンが上手くいきました」と口にした。
パリパラのシングルス「クラス8」では5位という結果に。「悔しいというよりは、手厚いサポートしてもらったのに申し訳ないという思いがあります。もう少し、力を出し切れたのでは…」
全日本での優勝にも「内容には満足していない」と視座は高い。パリパラで自分と同じクラス8で金メダルを獲得した黄文娟(中国)に勝つのを目標に、今後も1戦1戦を大事にしていく。
女子シングルスのクラス8で圧倒的な強さを見せた友野有理
男子シングルス「クラス4」としては初となる優勝を飾ったのが、七野一輝(オカムラ)だ。全日本では過去、「クラス6」と「5」では優勝しており、これで「3クラス」制覇になった。
「そこは目指していたところなので嬉しいです」。七野は笑みを浮かべた。
パリパラとは異なり、日本の選手は守備型が多いことも想定していた。「自分が崩されないようにと、意識してました」
七野が立位から車いすに転向したのは2022年5月。一番の難しさは目線が低くなることだったという。
「転向後しばらくは距離感が上手く取れなかったです。台の奥に打ったつもりのサーブが浅く入ってしまうなど、ボールのコントロールに戸惑いました」
それでも「慣れるしかない。立位のプレーを車いすに落とし込むだけ」と克服。今では立位での距離感を忘れるほどになった。
全日本での3クラス制覇はあくまで通過点。七野はパリパラでの経験も糧に、2年後の世界選手権やアジアパラ、そして4年後のロスも見据えている。
決勝戦を制した七野、ガッツポーズからは喜びが溢れた
パラ卓球界のエースは貫禄の試合運び
男子シングルス「クラス10」で頂点に立ったのが、船山真弘(早稲田大)だ。パリパラで課題と感じたバックハンドを試しながら、自身の目標であった3連覇を達成した。
船山にとってパリパラは、初めてのパラリンピックであった。
「大勢のお客さんの前で試合ができて楽しかったです。ただ、メダルまであと1歩届かなかった。リードしながらも負けてしまったので、反省しかないです」
現在、早稲田大学の2年生。文学部哲学コースに籍を置く。早稲田大学高等学院3年時は、高名なドイツの哲学者・ニーチェをテーマに卒業論文を書いたという。昨年度は15大会が海外遠征で、授業を休むことも多かったが、学業と両立させながら、文武両道を貫いている。
普段は早大の、今年創部100周年の卓球部で練習に励む。
「今年は(10月に行われる)学生の全国大会にダブルスで初出場します。そこでいくつか勝ちたいですし、健常者の大会での経験をパラで活かしたいと思っています」
どこまで強くなれるか―。2004年生まれの伸び盛りの選手は、自分への挑戦を続けていく。
パリパラに出場したほとんどの選手が「全日本までの日数が短く、調整が難しかった」と明かしていた。そんななか、「全く影響がなかった」と話していたのが、男子シングルス「クラス9」で優勝した岩渕幸洋(協和キリン)だ。
パラ卓球界のエースは「パリパラまでに仕上げられていたので、大会期間が空いていなかったのが有難かった」と、1ゲームも落とさなかった。
「自分が取り組んできたことを出せたと思います。サーブからフォワハンドで攻めていき、最後はフォワで決める、という形ですね」
自身3度目のパラリンピックなったパリパラは、過度な緊張はなく、自分がやってきたことを出そうとプレーしていたという。感慨深かったのは、東京2020オリンピック・パラリンピックでは実施できなかった有観客だったことだ。
「大声援を浴びながらプレーができたのは嬉しかったですね。お客さんと一体になれる素晴らしさを感じました」
1994年12月生まれの30歳。「4年後のロスを目指すとは言い切れないところもあります」。
まずは全日本まで続いた激戦の疲れを取りながら、目の前のことをしっかりやっていくつもりだ。
(文・上原伸一)
【優勝者一覧】
◎男子シングルス
クラス1:四海吏登(Fantasista)
クラス2:宇野正則(CTS)
クラス3:北川雄一朗(関西福祉大)
クラス4:七野一輝(オカムラ)
クラス5:中村亮太(日本オラクル)
クラス6:板井淳記(フォースリーブス)
クラス7:八木克勝(愛知ファイヤーズ)
クラス8:宿野部拓海(フォースリーブス)
クラス9:岩渕幸洋(協和キリン)
クラス10:船山真弘(早稲田大)
◎女子シングルス
クラス2:磯崎直美(個人)
クラス3:来田綾(大阪パラ卓連)
クラス4:宮﨑恵菜(三保卓)
クラス5:別所キミヱ(ALLSTAR)
クラス7:角田セツ(藤沢レディース)
クラス8:友野有理(タマディック)
クラス9:石河惠美(ラポール卓友会)
クラス10:三浦稟々(日大高)
◎男子ダブルス
クラスMD4(※クラス合計4以下):松尾充浩(ベリサーブ)・宇野 正則(CTS)
クラスMD8:七野一輝(オカムラ)・齊藤元希(プランテック)
クラスMD14以下:金子和也(TMI総合法律事務所)・来田啓幹(ベリサーブ)
クラスMD18:舟山真弘(早稲田大)・八木克勝(愛知ファイヤーズ)
◎女子ダブルス
クラスWD10:藤原佐登子(アイリス)・三田小百合(愛知ファイヤーズ)
クラスWD20:三浦稟々(日大高)・藏下朝子(KST)
◎混合ダブルス
クラスXD4:谷口智広(コモタ)・高松海優(Fantasista)
クラスXD7:吉田信一(ディスタンス)・田野倉祥子(ディスタンス)
クラスXD10:中本亨(三保卓)・宮﨑恵菜(三保卓)
クラスXD17:岩渕幸洋(協和キリン)・友野有理(タマディック)
【パラ卓球】
男女別に障がいの種類や程度によって1〜11までのクラス分かれており、クラス1〜5は車椅子、6〜10は立位、11は知的障害と分けられている。試合は1ゲーム11点先取で、3ゲームを先に取った方が勝ちとなる。
卓球台のサイズやネットの高さ、ボールやラケットなどの用具は、一般の卓球と同じ。ルールもほとんど変わらない。ただし、車いす選手のサービスは、相手コートで一度バウンドし、エンドラインを越えない場合は「レット(ノーカウント)」となり、やり直しとなる。また、車いすのダブルスでは、センターラインを超えて移動することはできないため、レシーバーがサービスをリターンした後は、どちらの選手が打ってもOK。
障がいの種類や程度によって、プレースタイルはさまざま。たとえば車いすの選手は、左右に素早く動くことが難しいため、卓球台の近くでプレーすることが多い。そのため、近距離でのスピーディなラリーが展開される。また、世界には足でトスを上げ、ラケットを口でくわえて打つ、両腕欠損の選手もいる。