1月18日と19日の両日、「TOYOTA presents 第26回日本ボッチャ選手権大会」が愛知のスカイホール豊田で行われた。注目の男子BC2は杉村英孝(TOKIOインカラミ)が、2018年の第20回大会以来となる通算6度目の栄冠。決勝で4連覇中だった廣瀬隆喜(西尾レントオール)に完勝した。
またBC1女子では、パリパラリンピック(以下、パリ大会)で個人、団体とも銅メダリストの遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)が、大会3連覇を達成した。
男子BC2の決勝は予想外の大差に
これまで数々の名勝負を繰り広げてきた廣瀬と杉村の両雄。日本選手権の決勝で顔を合わせるのが8大会連続となる今回も、ボッチャが持つ奥深さを存分に見せてくれた。
会場にどよめきが起きたのが、1対1で迎えた第3エンドだ。廣瀬はボックスから10メートルの距離があるエンドラインのすぐ手前にジャックボールを投じる。これには杉村も苦笑い。「やりすぎだろ、と思いました」(杉村)。廣瀬は「杉村選手はテクニシャンなので、頭をフル回転し、(的球をどこに投げるか)ジャックボールを握る直前まで考えていた」という。
迷いに迷った末にロング勝負を選択した廣瀬は、3投目をジャックボールにピタリ。観衆から「オー」というどよめきが起こる絶妙な寄せで、第3エンドの主導権を握った。
この時点で杉村の投球は終わっていた。残り3球で無難に加点が稼げる展開だったが、5球目、廣瀬は「攻め切りたかった」と、精度の高い投球を披露する。ところが、ジャックに寄せるはずが、当たってしまい、持ち球はアウトに。ジャックもエンドライン側に動き、遠目からはラインを割っているようにも映った。
「やっと勝てた。嬉しいです」。6大会ぶりに王座を奪還した杉村は、率直な胸の内を明かした(第22回大会は新型コロナウィルスの影響で中止)。第21回大会(2019年)で3連覇を逃して以来、「シルバーコレクター」に甘んじていた。「ようやく(廣瀬選手に)リベンジできました」。“宿命のライバル"に勝利し、表情を緩めた杉村の胸元には「金色」のメダルが誇らしげに輝いていた。
接戦が予想されていた男子BC2の決勝。杉村は第1エンドから試合を優位に進めた。このエンドを2対0で奪うと、廣瀬が得意のロングで挑んできた第2エンドも、ロングにしっかりと対応。廣瀬が1球目をジャックに寄せた後、杉村が投じた1球目はジャックにピタリ。その精度の高さに会場からどよめきが起きた。以後も杉村のコントロールは冴え、第2エンドも3対0で奪取に成功。杉村は続く第3エンドも3対0で取り、この時点で優勝を確定させた。
「これまで(廣瀬選手のロング勝負で)やられてきたパターンを覆そうと、時間をかけて取り組んできた成果が大会の中で出せました。具体的にはフォームの安定です。まだまだ満足はしてませんが、フォームが安定してきたから、ロングにも対応ができたのだと思います」
一方で、課題も口にする。「第4エンドが取れなかったので(0対2)。勝ち切るという目標を果たせなかったのは反省材料です」。
敗れた廣瀬は5連覇を逃した。ただ、5連覇については、あまり意識していなかったという。「前回の日本選手権からやってきたことを出す場だと認識しているので」。1年間で積み上げてきたものをいかに発揮するか。選手権大会ではそこに重きを置いているようだ。
そして、杉村との“因縁の対決"を淡々と振り返った。
「自分のプラン通りには戦えましたが、思い通りに(ジャック球に)寄せられなかったことと、前回の対決よりも(ジャックとの)「カベ」を作られてしまったのが、敗因だと思います。それでも(第4エンドは2対0で奪い)0点のまま終わらなかったのは良かった点です」
むろん、廣瀬はこのままで終わるつもりはない。杉村もそれはよくわかっている。
「優勝できなかった4大会は悔しさしかなかったですが、負けから得られたものもたくさんありました。それが自分を強くしてくれました。廣瀬君は今回の敗戦を糧にさらに強くなるのでは」
パリ大会では団体のチームメートとして、「火の玉ジャパン」の銅メダル獲得に貢献した杉村と廣瀬。日本のボッチャ界をけん引する両雄の名勝負はまだまだ続く。
黒星発進もそこから整えられた
杉村と廣瀬とともに、今大会の注目の的だったのが遠藤だ。3連覇がかかっていただけでなく、初のパラリンピック出場となったパリ大会では、個人、団体ともに銅メダルを獲得。その名が知れ渡った。
パリ大会での活躍で、自らの立ち位置も大きく変わったようだ。遠藤は「帰国後は挨拶回りで本当に忙しく…強化までは及ばず、コンディションを保つだけで精一杯だった感じです」と明かす。
注目はプレッシャーにはなっていなかったものの、グループリーグでは初戦で酒井菜悠(関西外語大学)にまさかの敗戦(1対4)。黒星発進になってしまったが、それを引きずることはなかった。日頃からのポジティブシンキングの賜物だ。
「注目されるのは織り込み済みだったので、どうやって楽しもうかと思ってましたし、大会を楽しむことができました」
藤井友里子(富山ボッチャクラブ)とぶつかった決勝でも、遠藤はしっかり心を整えることができた。この試合、第3エンドまで2対3とリードを許していたが、焦りはなかったという。第4エンドは遠藤が得意とするロング勝負に。「ジャックボールの回りにカラーボールを配置すれば、自分の展開に持ち込める」と考えていたという。
「“寄せる"ではなく、“配置"です。そこから得点にからんでいこうと」
最終的には5対3の逆転勝利で、3連覇を果たした。ロングでの強さを見せつけた格好にもなったが、遠藤は「それは日本国内の試合だから通用する」と冷静だ。
「パリ大会でも見せてますから、次の国際大会ではロングオンリーでは戦えないと思います。ロングではない部分、例えば、ミドルのサイドも磨いていくつもりです」
遠藤同様に連覇を果たしたパリ・パラリンピアンが、BC3女子の一戸彩音(スタイル・エッジ)と、BC3男子の有田正行(電通デジタル)だ。一戸は2連覇を、有田は3連覇を遂げた。
一戸は、パリ大会で7位だった実績もあり、注目が高かった分、のしかかってくるものを感じていたようだ。優勝を決めた直後、安ど感と喜びが一気に溢れ、号泣する一幕もあったという。
有田も経験豊富ながら、向けられる視線が3連覇がかかっている選手以上のものと感じ、「緊張してました」と言う。
他のクラスでは、BC1男子は中村拓海(大阪発達総合療育センター)が大会4連覇。BC2女子は庵木菜名(ポルテ多摩)が初制覇、大会4連覇がかかっていた内田峻介(大阪体育大 アタプテッド・スポーツ部 APES)が欠場したBC4男子は高田信之(サウスフィールドクルー)が初優勝し、BC4女子では岩井まゆみ(豊田市ボッチャ協会)が大会3連覇を達成した。
次のロサンゼルス2028パラリンピックに向けた戦いはすでに始まっている。今年はアジアオセアニア選手権が控えており、ここで結果を残すことが、ロス大会出場への重要な試金石となる2026年の世界選手権につながっていく。
日本ボッチャ界をけん引する杉村は言った。
「全てのクラスが課題と向き合いながら成長し、(強力な)「火の玉ジャパン」を築いていきたいです」
(文・上原伸一/写真・木林暉)
【優勝者一覧】
BC1男子 中村拓海(大阪発達総合療育センター)
BC1女子 遠藤裕美(福島県ボッチャ協会)
BC2男子 杉村英孝(TOKIOインカラミ)
BC2女子 庵木菜名(ポルテ多摩)
BC3男子 有田正行(株式会社電通デジタル)
BC3女子 一戸彩音(株式会社スタイル・エッジ)
BC4男子 高田信之(サウスフィールドクルー)
BC4女子 岩井まゆみ(豊田市ボッチャ協会)
四肢麻痺など、障がいの重い選手が行うスポーツとして考案されたパラリンピック独自の競技。障がいの程度によってクラスが分かれて試合が行われる。
12.5m×6mの大きさのコートを使用し、赤ボールと青ボールのチームに分かれて1エンドごとに制限時間内に6球ずつ投げる。「ジャックボール」と呼ばれる白色の目標球に、どれだけボールを近づけられるかを競う。個人戦とペア戦は4エンド、1チーム3人で行う団体戦は6エンドの合計点で勝敗が決まる。
障がいが重いクラスでは、自分自身でボールを投げたり転がしたりすることができない場合、補助具の使用が認められている。滑り台のような形をした「ランプ」を使用したり、頭の動きでボールを押し出したり引っかけて動かすことのできる「ヘッドポインタ」などを使用して投球する。また、アシスタントにボールを渡してもらったり、補助具の角度や方向を調整してもらうことも認められている。ただし、アシスタントが自由に動いたり、選手に話しかけることは禁止。コートを振り返ることもできないため、選手自身の実力が問われる。
パラリンピックに出場するようなトップクラス選手の技術は高く、ボールの勢いを利用して相手のボールをはじいたり、ボールの上に乗せたりすることも。自由自在にボールを操る選手のテクニックが見どころ。